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「ふーん、過失致死か。ま、運が悪かったな」
『太平』と名乗る小柄で胡麻塩頭の男は、社長というよりオヤジとでも言った方が自然そうな。
「何があったんだい?」
あっけらかんと、首から下げるタオルで額の汗を拭う。
何つーか、畑仕事でもしてきたかのような飾らない風貌。『殺人犯』を目の前にして尚どっしりと構えている辺りが流石というか。
離島の会社というからさぞかしボロい社屋だろうと思っていたら、事務所も工場も信じられないほどキレイでちょっと驚いた。
事務室には経理だか労務だかの社員も3人ほどいるが、彼らも俺と同じく前科者なんだろうか。……すげー、普通っぽいけれど。
「まあ……喧嘩のはずみっすね」
隠しても仕方あるまい。正直に話をする。
6年前だ。俺は出張帰りで疲れ切った駅のホームで寝台列車を待っていた。するとそこへデカいカメラを抱えた男が現れ、ホームに身を乗り出して写真を撮りだしたのだ。
別に放っておいてもよかったのだが、そいつが屈みすぎてホーム下に落ちそうになったので「あぶねーだろうが、馬鹿!」と怒鳴って襟首掴んで引き戻してやったんだ。そしたら。
「何をする! 写真がブレたじゃないか!」と、逆切れを起こしやがって。「この野郎ザけんじゃねぇ!」と俺もブチ切れて大喧嘩になったんだ。列車がホームへと走り込む、まさにその瞬間。
ドン!
思い切り突き放した相手の身体が、やってきた列車の直前に吸い込まれた。悲鳴と物凄い衝突音。そして一面の血飛沫。俺の眼の前にヤツの右腕がちぎれて転がってきた。……カメラのストラップを、握りしめたままで。
『重過失』という判決に、不服はなかった。殺人罪にならなかっただけマシってもんだろう。近くで一部始終を見ていた客が何があったのかを細かく証言してくれたのが助かった。
「今、ここでは35人が働いとる」
太平のオヤジがそう言って工場の方へ視線をやった。
「お前さん、勝土成男だっけか? まあ、塩梅ようやっとけや。何、『そういう会社』だからチト喧嘩っ早いやつもおるが、そこまでの悪人はおらんでな」
そう言い残し、オヤジは「じゃ、儂は畑仕事に戻るから」と事務所を後にして行った。……ホントに畑仕事だったのかよ。確かに、ここでは食料の自給も大事だろうけど。
経理をしているという玖珠根と名乗る若い男が、寮の部屋へ案内してくれる。道中、ここでの生活について色々と親切にレクチャーをしてくれた。
「何処にいるのか知らないが島では鶏も飼ってるって。社長が品種改良に挑んでると言ってたよ」
「……あんたも前科者なのか?」
あまりにも『普通』なので恐る恐る尋ねると。
「ああ、会社の不正経理に手を貸してるのが外部監査でバレてさ。僕は『実行犯』ということで」
と、玖珠根は照れくさそうに笑った。
……そんなヤツに経理させていいのかよと思わなくもなかったが。うーむ、これもある意味『適材適所』なのか?
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