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仕事はハードだろうと覚悟していたが、思っていたほどではなかった。改装するクルーザーや漁船は屋根付きのドックで作業だし、空調も効いている。
作業員も、さぞかし荒っぽい男たちだらけだろうと思っていたが意外なほどに皆んな『普通』だった。
「おーい、勝土君。こっち手伝ってくれ。手すりを運びたいんだ」
俺の指導係になってくれた羽根田という俺より少し歳を食った男が呼んでいる。
「今行くっす」
タオルで軽く汗を拭いて、呼ばれた方へと向かう。羽根田さんは深夜の居眠り運転で歩道を歩いていた人をハネたそうだ。「もうハンドルは握りたくない」と、この島へやってきたという。この小さな島なら車なんかなくたって生活に支障はない。
「健康診断はもう受けたのか?」
ステンレスでできたピカピカで重たい手すりを船縁に取り付けながら、羽根田さんが尋ねてくる。
「うちは20名を超える会社だから、労働者の健康診断義務とか色々面倒だからよ。あと、こういう離島は本土にはない特異な感染症とかもあるから、ワクチンはしっかり打っておいてもらえよ」
こんな離島の会社だが、ちゃんと医務室があって産業医が『常駐』しているのが大したモンだと思う。もっとも、医者の名前が『藪』というのが、些か頂けないが。
「昨日、血液検査のついでに打ったっす。……藪先生からは、新型オーロラウィルスとインフルのワクチンもちゃんと接種しておけって言われたんで」
注射は決して好きではないが、『嫌い』と逃げるわけにもいかず。
飯は朝昼晩と皆で一緒に食う。無論、それは太平のオヤジも同じ。ただ、メニューだけは微妙に違う。例えば糖尿病持ちのヤツはあっさりしたおかずだし、太平のオヤジや藪先生は「若い者みたいには食えん」と言って少食だが、俺みたいに大柄な健康体はがっつり目だったり。
希望者は1日1缶までビールも貰える。風呂上がりに飲むこいつが、もうサイコーに旨いんだ。
ちなみに食事を作ってくれるのも『社員』で、50過ぎの笑顔の豪快なおばちゃんだった。前職は大手ファミレスで店長まで歴任したそうだが、厳しい利益ノルマを達成するため期限切れの食材を使っていたのを内部告発されてクビになったそうな。
「酸化して古くなった油は長ネギを揚げるのさ。そしたら新品同様になるから安く上がるのよ」
ゲラゲラと笑ってそう教えてくれる姿は、独特の安心感があった。
妙なことに、ここでは何故か全く働く様子がないヤツもいる。一日中、その辺をぶらぶらしているだけで。
「あいつ何なんすか?」
と羽根田さんに聞くと。
「『やる気が出なければ無理してやらなくていい』ってのが社長の方針でさ」
と小声で教えてくれた。
「その代わり給料は最低限まで抑えられて、そこから寮の費用が引かれるんで実質『ゼロ円』になるがな」
……ここは色んなヤツがいるものだと思う。
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