安寧の鶏

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「ずっと思ってたんすけど」  紅に染まる山肌に視線を逃がす。 「この安寧造船にくるヤツらって、みんな食ったヤツらばっかりなんすよね」  俺もそうだった。  あのカメラ男に絡まれなかったら刑務所なんて無縁だった。羽根田さんも押し付けられた激務が祟っての居眠り運転だったという。食堂のオバちゃんも、不正に手を出したのは本部からの激しいプレッシャーからだ。  皆んなそうして。 「ホントは、もっと『悪いヤツ』がいるんすよ。何も裁かれなくって、逃げまくってるなヤツらが。そして、そいつらのせいで犯罪に手を染めざる得なくなっちまったヤツらがいる。……俺みてーに」  だが俺らが直接に手を出したのは間違いないことだ。この行き場のない悔しさは、どうすればいい? 「社長は『そういうヤツら』を食わしていくために、こんなことをしてるんじゃねぇんすか?」 「ふん。儂は『真の悪党』ではく、お前らみたいな『不運な犯罪者』にしか興味がないだけさ」  オヤジはそう言って肩で笑った。 「『欲』ってヤツぁ厄介でよ。人間サマがここまで成長できたのも『もっといい暮らしを』と願う欲があったお陰だ。けど、それが強すぎれば何処かに酷い不幸が生まれる。それを何とかしないとな」 「俺、娑婆に戻ってもやっていけるっすかね?」  じっと両手を見つめる。もしかして、また喧嘩して他人を殺したり傷つけたりしたならば。それだけが、本当に怖いと思う。  しかしオヤジはにっこりと微笑んで「大丈夫だろ」と軽く返してくれた。 「以前のことは知らんけど、安寧造船にきてからお前さんが喧嘩しているところなんて、儂は見たことも聞いたこともない。……違うか?」 「確かに、それは」  言われてみればその通りだった。営業職だった頃は何かにつけて八つ当たりばかりしていた覚えだ。こっちにきて最初のうちこそ苛つくこともあったが、最近はそれすらもない。……ああ、そう思うと穏やかな生活って案外悪くねぇもんだな。 「なら、もう大丈夫さ。だったらこんなところに燻ってねぇで、ちゃんと社会復帰することを目指した方がええと思うがの」  そうだな。それこそが、ここまで面倒を見てくれたオヤジへの恩返しかも知れねぇ。 「そうっすね。では、お言葉に甘えて……」  そう言いかけたときだった。 「うう……?」  急に目眩がして、俺はその場にうずくまった。背中に汗が走る、熱中症のような感覚。しかし。 「大丈夫か?!」  藪先生が俺の脈と顔色を窺う。そして。 「おおい! こっちにきてくれぇ!」  藪先生が大声で誰かに叫んだ。 「勝土君が危ない! 本土に救急車の手配を頼む! これは下手をすると心筋梗塞の可能性がある!」
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