夢で逢いましょう

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男は私の宙に浮いた体を暫く匂った。 そしてやっと下に降ろして貰えたと思ったら私を熱のある視線で見つめて来た。 「大丈夫。何もしないから。そうか、花屋はなかったか、、、」 と言葉は残念そうだが目はとてもぎらついていたのを覚えている。 両手の凄い力で私の肩を掴み、舐める様に私を見る。 心の中で私はその時の男の目が、家で飼っている愛犬がご飯をねだる時の様だと思っていた。 息は荒いしやけに興奮している。 私が叫んだり泣いたりしないのを確認してから男は私のスカートの中に手を入れてきた。 肩から外れた力は私に逃げるチャンスをくれた。 私はその一瞬を逃さない様、後ろも振り返らず懸命に走って逃げた。 男は何か言っていたけど、追いかけては来なかった。 あの時の、、男だ、、、 あの時森か林に見えていたのは、、葡萄畑か、、 確実に思い出してからゾッとした。 怖かったから覚えている。多分、間違いない。 中学生になっていた私は念の為もう一度その男を確認しに行った。 大丈夫。今の私はあの小さかった私ではない。 怖かったけど、どうしても確認がしたかった。 夢である事を願う、私の細やかな期待でもあった。 男は相変わらず懸命に作業服を着て、葡萄の箱積めをしている。 倉庫の端でこっそり見ている私には当然気がつかない。 繁忙期なのもあってか、忙しなく男は動いている。 頭の毛は薄くなったかも知れない。 でも、やっぱりあいつだ! あぁ、そう考えてみればこの辺りの葡萄畑、この倉庫、、夢の中と同じだ、、 私はこの倉庫の奥に誘われた、、、 急に吐き気がした。 バカな事をしたものだ。 期待は塵となったばかりか、当時の恐ろしかった記憶が更に鮮明に甦って来た。 あの生々しい荒い息使いも聞こえて来そうだ。 私はその場を早々に立ち去る。 とはいえ、顔色の悪い私に対して両親もおばあちゃんも心配はしてくれるが、理由を説明出来る訳でもなく、私はおばあちゃんちに行ってもそこには絶対近づかない様にした。 何で?どうして私の見る夢は現実なの? どうして皆と違うの? まずは人と違う事にストレスを感じた。 その次に眠るのが怖くなった。 当然食欲も落ち、学校も休みがちになる。 そこで初めて両親が私を精神科に連れて行ってくれた。 精神科では抗不安剤や睡眠薬等が処方された。思春期であるという事や元々ストレスに敏感な人間だと思われた様だ。 何でも良かった。どうせ証明は出来ない。私はとにかく夢を見ず、ゆっくり眠りたかった。それだけだった。 睡眠薬と不安剤を飲みながら私は何とか中学時代を過ごした。 多少期待はしていたが、薬は全く効かず。 いや、効いていたから眠る事を避けていても眠ってしまう様になったのか、、どちらにせよ私はやっぱり夢を見る。 流石に精神薬でもダメなのか、と思うとある意味踏ん切りはついた。 一通りの事はやった。両親や学校、友人が悪い訳でもない。 私は夢を見る事を諦める事を諦めた。 受け入れれば何て事はない。 私は次第に気力を取り戻し、朝食をとり、学校へ行き、友人とお喋りをする。 ただ、【私の見る夢は夢ではない】という他人との違和感を胸に閉まったまま。 その頃にはそれこそ、どうせ夢だ。現実にその人が存在しても会う事もなければ、ピンチの時は必ず目が覚めて逃げられる。会いたくなければ会いたくないと思いながら眠ればいい。 ある意味自棄っぱちに近い物はあった。 でも実際現実の世界で事件になったり、私の夢が原因で誰かに何かがあったとかはないのだから。 しばしば朝は疲れて起きてしまうけど、慣れとは怖い物で、そーゆーものだと割り切って終えば、疲れて朝起きる事もそんなに苦痛ではなくなってきた。 そうして受け入れる事で、そこだけ除けば、私は日常の、普通の女子中学生でいられた。 周りを安心させる事も出来た。 だから受け入れざるを得なかった、と言っても過言ではない。
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