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第16話 消された記憶
綾瀬美花。それが僕の姉の名前。
「先生は、なんでそのことを。僕ですら覚えてないことを……」
混乱する僕は、その名前を聞いてもぴんとこなかった。『みーちゃん』と呼んでたからかもだけど、それにしたってなじみがないんだ。夢もあの日、一度しか見たことがなかった。
「先生はこの暗示を解くことはできないの?」
「暗示はもう解けてるよ。だから眠れるようになった。お姉さんのことは、光は小さかったから、実際しっかり覚えてないんだと思う」
「小さい頃って……じゃあ、美花っていう姉は、もしかして……」
天宮先生は眉を顰め、少し悲しそうな表情になった。それだけで、先生の言いたいことは理解できた。
「君が小さいときに、お姉さんは亡くなったんだ」
そうなんだ。それでは、僕は姉が亡くなったことを理解できなかったのか。親を困らせて、それで姉はいないと暗示をかけた?
「でも、それは酷いな……。いくらなんでも、姉がいなかったことにするなんて……」
「両親も、これほど長く暗示が利くとは思わなかったかもだね。いずれにせよ、教えてもらわないとね」
「あ、うん。絶対に。よし、早速帰省しよう。母さんに連絡する。いいよね?」
思い立ったら吉日じゃないけど、今すぐにだって実家に向かいたい。先生も僕に色々明らかにしたんだから、そのつもりだろう。
「もちろん。でも、君からじゃなくて私から連絡するよ」
「え、なんで……」
「ご両親にも心の準備がいるからだよ。光が患っていた事実や私の本業も、ご説明したいからね」
天宮先生のことは、会社の先輩と嘘をついていた。騙していたのを知られるのはバツが悪いけど、あっちはもっと手の込んだことをしてきたんだ。それはお互い様で許してもらおう。
「わかった。で、先生、最初の質問だけど。どうして先生は僕の姉のことを知ってたの?」
「ああ、それは……まあ……」
先生の歯切れが悪い。僕の胸に嫌な予感が広がって息が苦しくなってきた。何故両親は、僕に姉の存在をなかったことにしたのか。家の中から、姉の全てを消してしまった。
両親だって、自分の娘が亡くなって、それは酷く悲しんだころだろうに。それを悼むこともできずに、僕を育てていたんだ。そんな酷いことができるだろうか。
――――もし立場が逆なら、僕は恨みで化けて出てきてしまうかも。なんで僕をなかったことにするんだ、僕のことは忘れてしまったのか? って……。
「そうなの?」
「え?」
ふと僕の脳裏に過る妄想。
「僕を寝かせなかったのは、姉の怨念? とか……」
「馬鹿なことを言うんじゃない。彼女が君を恨んでるなんてことはないよ。けど……」
「けど? なに? 先生、なにか知ってるなら教えて。姉はどうして亡くなったの?」
先生は小さく息を吐いた。それから、スマホになにか打ち込んで僕に手渡した。
「これ……」
少し大きめのスマホに、先生が入力した検索結果が表示されていた。
『綾瀬美花さん(9歳)、強盗殺人事件に巻き込まれ死亡』
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