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第20話 二か月ぶりの熟睡
どこか遠くから、小鳥のさえずりが聞こえる。もうすぐ11月だから、早朝はそろそろ冷える頃だ。小さくて可愛い鳥も、お腹が空いたら餌を求めて忙しい。
――――あー、よく寝た。ん? よく……寝ただと?
「今何時!?」
僕は目覚めとともに飛び起きた。目に映ったものは、実に慣れ親しんだ自分の部屋。5年の時が流れても、見える景色に違和感がない。
キャラクターのシールが貼られた勉強机とコミックスが並ぶ本棚。クマのぬいぐるみも定位置にある。
「え? 7時だけど?」
心臓が止まりそうになる。この見慣れた風景に、一つ、異物が……。グレーのボタンダウンシャツを纏った天宮先生だ。既に朝の支度を済ませ、布団をきちんと畳んでいた。
「そう……なんだ」
「おめでとう。いつぶり? 6時間は寝たよね」
「2ヶ月…ぶりかな」
研修中は、休日に眠れていたのでそれくらいだ。
――――ああ、なんて気持ちいいんだ! これが睡眠の力!
そこに異物がいようと、今の僕はこの快感に打ち震える。
「これは確かに、実家効果もあったかもしれないね。相乗効果」
なんか天宮先生が言ってるが、聞こえないふりをした。先生のおかげか実家のおかげかわかんないけど、僕は最高に気分がいい。もちろん、これでまた自分のアパートに戻ったら元の木阿弥になる可能性は大だけど……。
人ってのは痛みがないとすぐそれを忘れてしまうものらしい。この能天気さがあれば、今夜も眠れそうなんだけど、無理かな……。
「あれ、亮市叔父さんたち、もういないの?」
身支度して、先生と一緒に1階に降りる。台所の食卓に、もう二人の姿はなかった。
「元々朝早くから用事があったのよ。7時前に出てったわよ」
「私は挨拶したよ」
げっ……。
「そうよ。天宮さん、礼儀正しいのよね」
と、母さんは少女みたいな笑みを湛える。いいのか、これ。
「綾瀬君によろしくと言ってたよ」
「はあ、了解です……」
けど、僕は起こさなかったことに怒るつもりはない。今の僕にとって、1分でも長く眠ることは貴重なんだ。多分、天宮先生もわかってる。
「僕たちも朝ごはん食べたら帰るよ。明日も仕事だし」
「あら、そうぉ? また帰ってきてね。天宮さんも是非ご一緒に」
「無理言うなよっ! せ、先輩にだって都合あるんだし……」
「そうでもないけど? 綾瀬君の家は、アットホームで居心地がとても良いし」
またそんな無責任な軽口を。冗談だってわかってるけど、ホントに疲れる。母さんは嬉しそうに「あらあ」なんて言ってるし。親父がまだ寝てていないのをいいいことに。
先生は収穫があったようだけど、僕に話せないという。変わらずもやった気持ちのままだ。二日酔いの親父に挨拶をして、僕たちは実家を後にした。
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