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第22話 時間外診療
心配性で妄想癖のある同期のせいか、無駄に先生のことを意識しだしてる。会社から帰宅し、いつものように眠れない夜を過ごすうち、先生の声が聴きたくなった。
いや、誤解のないように言っておくけど、恋しくてとかそういうことじゃない。もしかして、僕が睡眠に落ちるのは、先生の声のせいじゃないかと思ったんだ。
これは試してみる必要がある。これで眠れるようになるなら、先生の声を録音すればいいじゃないか? 黙ってしたら怒られるかな……。
天宮先生からは、相談事があったらいつでも電話していいって言われてたので、午後10時過ぎではあるけれど、思い切ってスマホを手にした。
『どうした? なにかあったのか?』
呼び出してすぐ、先生は出てくれた。いつもの低音ボイス。ベッドに横たわる僕は、なぜかドキリとしてしまった。
「いえ……あの、ちょっと実験してみたくて」
『実験? ああ、なるほど。私の声で眠れるかもってことだね?』
あっさり見抜かれてしまった。
「はい。先生の声って耳障りがいいので。もしかしたらと……」
『そうだね。やってみる価値はあるかな。でも、こうして夜話してると、まるで恋人同士みたいだな』
「ば、馬鹿なこと言わないでください。僕は切羽詰まってて……」
絶対言うと思った。だから、躊躇してたんだよ。これはセクハラというのではないか?
『ごめんごめん。いざ話そうとするとなにを話して良いのかと』
「あ、いえ。その……時間外の診察になりますよね。診療代は払いますので……」
『それはまあ、いいよ。けど、一つ約束してくれない?』
「なんでしょうか?」
約束……正直嫌な予感しかしないが。
『しばらく話してても眠くならなかったら……一度、私の部屋に来てほしい。私も実験したい』
あー。やっぱりそうなるか……。
『言っておくけど、もし私自身が君の睡眠導入のきっかけだとわかっても、それで不眠症が治ったわけじゃない。逆に私がいないと眠れないとなると……』
「それは、困りますっ。大変……」
『そう全力で否定しないでくれるかな』
「す、すみません」
そんなに全力に感じたかな……。
『全く……でも、今の君にはまずは眠ることが大事なんだよ。定期的な睡眠を取って、健康を、心と体の健康を取り戻すこと、これが不眠症の原因にたどり着く第一歩なんだ』
「不眠症の原因。天宮先生は、過去の体験にあると、今でも思ってるんですか?」
先生の言ってることはわかる。睡眠をとると、驚くほど頭脳明晰になって、賢くなったように思うくらいだ。それで、僕が忘れているとされるトラウマを思い出せるとでも言うのか。
『思ってるね。君の実家で、私はいくつもおかしなことに気付いたよ。君は慣れてしまって感じてないだろうけど?』
「おかしなこと? 本当ですか?」
そんなこと、思ったこともない。でも、それはまああるか。例えば玄関の匂いとか。その家特有のものがある。モノの置き場所とかも……。
『それに立ち向かうために、体力も気力も必要だ。そのためには、特に心の健康が不可欠なんだ』
「なんか……初めて先生から腹に落ちる診断を受けてる気がします」
天宮先生からこんなにも真摯で納得いく話をしてもらったのは初めてのはずだ。
『そうかなあ。私は何度も話してる気が……ああ、光君、いつも寝てしまってたから』
――――そ、そうなのか!?
そして僕は気が付いてしまった。いくら先生の話、先生の声を聴いても、全く眠気はこない。僕は約束を守らなければならないことを覚悟した。
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