第2話 ルームシェア

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第2話 ルームシェア

 10日前。深夜の電話から3日後の週末に遡る。 「この部屋を使ってくれればいいよ。まずはお試し期間だ」  赤坂のタワーマンション。天宮先生の部屋は壮観だった。まず地上18階(これでも中間の階)から眺める景色は圧巻。  南向きのリビングは20畳くらいだろうか。全面が掃き出し窓になっていて、赤坂の街が一望に見えるんだ。  キッチンも広くてカウンターにスタイリッシュなダイニングテーブルがくっついてる。料理好きの先生らしく、色んなスパイスや密封容器に入ったパスタなんかがどこかで見た雑誌のように並んでいた。  部屋は2室。主寝室はもちろん先生の部屋で、ひとつは普段、空き室になっているのだという。僕が使わせてもらうのは、8畳ほどの洋室。シングルベッドとクローゼット付きだ。 「とりあえず1週間、様子を見よう。光が眠れて、健康を取り戻したら、治療は第2段階に移る」  いつのまに、呼び捨てになってんだ。 「わかりました。よろしくお願いします」 「いや、治療以外はルームシェアだから。光はここから通勤するんだし、私もクリニックに行く。プライベートも今まで通りにすればいいからね」 「はあ……」  プライベートか。この半年、そんなものからずいぶん遠ざかった気がする。教育や研修のときは、同期や先輩たちと飲みに行くこともあったけど、それも眠れない日々が続くにつれ断るようになっていた。そのうち、誘われなくなったし。  眠れない時にする読書も、眠れるどころか頭痛がして長続きしなくて。ただ、ぼんやりと天井を眺めるだけのプライベートになってたな。  ――――不眠症が解消したら、どこかに出かけたり、また同期と飲みに行ったりできるのかな。  そう思うと、体の中から『希望』という感情が沸き起こった。今まで、ずっと忘れてしまったかのような感情だ。 「ベッドの寝心地、試してみて」 「あ、はい」  シーツも枕も布団も新しい気がする。枕からは花のようないい匂いまでしてくる。もしかしたら、わざわざ用意してくれたんだろうか……。こんなにしてもらっていいのかな……。  ここに長くいるわけじゃないから、アパートも引き払っていない。家賃は先生のご厚意に甘えてるんだ。先生は自分の試したい治療だから気にするなと言うんだけど。 「どう?」  寝転がって伸びまでしてる僕に先生が上から尋ねる。 「問題ないです」  起き上がろうとした僕の肩を、先生が制した。 「1週間、まともに寝てないだろ? まずは眠るといい。まだ1日は長い」 「あ……でも……」  そう言われて、はいそれではと眠れるだろうか。それに……。  僕の頭はゆっくりと柔らかい枕をへこませていく。目の前に、天宮先生の綺麗な顔があって、切れ長の双眸が僕を見てる。  ――――先生……。  魔法にかかったように、眠気が僕を襲う。先生の顔が近くて恥ずかしいと思ってるのに。それにも構わず、僕の瞼は下まつ毛にくっつこうとして阻止できない。大きな手が僕の頬を撫ぜているのがわかる。 『眠っていいんだよ……』  いつもと違う、暖かな声が聞こえた。  
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