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第3話 妄想
ローストチキンに豆腐サラダ、バラ寿司とハムのゼリー寄せ。デザートは自家製ヨーグルトアイス。先生は赤ワインを嗜んだ。
『今日は初日だからね。歓迎パーティーをしようと思って。さ、手伝って』
夕方、僕は自然な目覚めで起きることができた。ふらふらとリビングに行くと、先生がキッチンに立っていた。
黒のシャツに白いデニムのエプロンがあまりに似合い過ぎて、僕は怯んでしまう。けど、歓迎が嬉しくて、先生の隣に立った。
「先生はなんでも出来ちゃうんですね」
なにもかもが美味しくて、僕はダイニングテーブルで子供のようにはしゃいでしまった。お酒を飲んでいるわけでもないのに、その場に酔ったように頭がふわふわしていた。
「そんなことはないよ。料理は趣味なだけさ。他の家事は苦手だ」
「じゃあ、掃除は僕が担当します」
「それは助かるね」
ずっとここにいるわけじゃない。ほんの短い期間のはずだ。最終的には普通に眠れるようになることが目標なんだから。先生も、そんなに長くならないって言ってる。
けど、僕はもう、ずっとここにいるように振る舞ってる。僕の脳が、そうしたがってる。だから、こんなセリフが素直に出てきてしまう。僕の脳は、どうしてしまったんだろう。
「思った通り、眠れました。食事と睡眠。それから仕事と運動。1週間もすれば、健康体に戻れそうです」
僕の心を感じ取ったのか、先生がワイングラスを傾けながら、笑みを漏らした。
「体に健康が戻ったら、心も健康になるよ。心配しなくていい」
「はい」
そうだよ。先生は僕を患者としかみてないんだ。ご厚意に甘えるのが心苦しいなら、しっかり治そう。
そして、過去のトラウマとやらを吹き飛ばすんだ。そうだ。そう言えばトラウマだ。
「先生、僕の実家にはおかしいところがあるって言ってましたよね」
「ん? ああ、そうだね」
「それがなにか、教えてもらえませんか?」
「うーん。どうかなあ。まだ早いような気がする」
「いいじゃないですか。ヒントだけでも……」
「え? ヒントねえ」
先生は勿体ぶるつもりなのか、なかなか話そうとしない。食事は完食してしまった。先生はヒントを出さないまま、食器を片づけだした。
「ところで、光は会社の人間関係は問題ないと言ってたが。実際はどうなんだ?」
二人で並んで皿を洗う。天宮先生はなんの脈略もないまま話を変えた。僕はそうとわかっていたけど、話に乗ることに。あまりがっついても仕方ない。
「言った通りです。仲の良い同期が一人だけいるけど……そいつ、しょっちゅう僕で妄想するんですよね……」
「え? 光で妄想? どういうこと?」
先生のお皿を洗う手が止まる。まあ、それこそ色んな妄想湧くよね。
「それは……。それより、なんで先生、いきなり呼び捨てに……構いませんけど」
僕もちょっと焦らしてやった。へへ。
「んん? 相変わらず返しが秀逸だね。大した理由はない。少しの間でも、ルームシェアするんだからってぐらいかな。私も君で妄想するからさ」
――――はっ?
その返しは僕のよりも数倍、秀逸で破壊力があった。
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