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第7話 有難い存在
4日目の夜。
僕は残業して少し遅く帰宅した。以前は残業がすごく辛かった。正直に言うと、やってても成果にはなりづらくて……。
でも、今日は違う。止められなかったら、まだまだ可能だったし、乗ってたんだ。けど、労働組合の人に追い出されてしまった。
「ただいま帰りましたー」
なんて元気にドアを開けて部屋に入る。
「きゃあっ!」
「な、なに。そんな乙女な悲鳴上げなくても」
念のために注釈すると、この(乙女な)悲鳴は僕のものだ。
目の前に、見事な裸体を晒す天宮先生がいた。風呂上りなのか、スウェットパンツの上は裸で、首からバスタオルを垂らしている。
ジムに行ってるのは聞いていたし、服を着てても胸板厚いのは気付いていた。けど……。
「す、すみません。唐突だったので」
先生はリビングからキッチンに向かうところだった。手には空っぽのビールグラスがある。筋肉の張った二の腕も割れた腹筋も厚い胸板も、美しい彫像のようだった。
「今日は残業?」
僕の乙女な驚きに照れたのか、先生もコホンと咳払い一つして会話を続けた。僕はさらに照れくさい。
「は、はい。お陰様で残業も張り切ってやれるようになりました」
「そうか。うん。それは良かった」
照れてた表情が、ぱあっと笑顔に変わる。なんだよ。そんな笑顔見せられたら……心臓が無駄に跳ねる。
「どうした? なんか顔赤いぞ?」
「な、なんでもないですっ。着替えてきます!」
先生が僕に向かって一歩踏み出す。たったそれだけのことが僕を慌てさせた。まるで逃げるようにして自室に飛び込んだ。
――――どうなってんだ。僕は。元気になった途端、先生を意識するって、どういうことだよ。
自分で自分の気持ちがわからなくなってくる。ただ、こんなに気持ちよく眠れて、仕事もできるようになって、天宮先生のことを嫌いになるわけがない。それだけのことだよ。僕はそう思おうと努力する。
――――好きとか、そういうことじゃない。僕にとって、ありがたく思える存在なだけだ……。
『僕にとってありがたく思える存在』
それが、どれほどのものか。好きだという感情以上に、相手に依存している、危険な感情なんだ。
それに気が付いていても、僕は気が付かないふりをする。眠れるようになって、色んな感情を持つ余裕ができた。ただそれだけのことなんだと。
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