第3話 怪しい診察

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第3話 怪しい診察

 不眠に悩まされ、今までずっと民間療法でなんとかしようと思っていたが、ついに医学を頼ることにした。自分でも、なんでこうも頑なにこの手を選ばなかったのか、不思議なほどだ。  そのクリニックはペガサスなんてふざけた少女趣味な病院名だったけれど、内装は落ち着いた色で統一され、診察室はホテルのロビーのようだ。そして……。  天宮という名の医師は、王子様のような出で立ち(一瞬そう見えただけだけど)のイケメン。その人が今、大きくて長い指の手をテーブルの上に置いている。僕が手を伸ばすのを待っているんだ。 「どうしました?」  急かすわけではなく、単純にどうかしたのかと心配しているような言い方だ。僕は瞬時固まったのに自分で嫌になった。 「す、すみません」  僕はそっと右手を出した。先生が僕の腕を取り、脈を測るあたりで指を置いた。昔から、人に触られるのはどうしてか苦手だ。この時も、先生に触られることを暗に拒否していたんだ。  自意識過剰と思われそうだが、満員電車も乗りたくないから、早朝出勤や自転車通勤を続けている。 「緊張するのは普通ですから」 「あ、いえ」  僕の怯えにも似た感情が伝わったんだろうか。緊張と言ってくれればいくらか気分が楽だ。 「先生、それはなんですか?」  脈を取る先生の右側に、見かけないスティック糊みたいなのが置いてある(でも糊ではない)。話しかけたのは、自分の失態を誤魔化したいのもあった。 「ああ、これはボイスレコーダーだよ。初診の問診では録音することもあってね。緊張しちゃうかな」  しゃべり方や抑揚を知るためだと言う。確かに緊張するけれど……。 「大丈夫です。お願いします」  ちょっと虚勢張ってみた。それを知ってか知らずか、先生は満足そうに頷いた。 「では始めましょう。ご家族は……今は一人暮らしのようですが」  僕の実家は神奈川だ。東京の職場に通うには少し不便な場所にある。僕の住所から、単身者のアパートだというのはバレバレだっただろう。先生はさっき僕が受付で書いたアンケートを眺めている。 「あ、はい。一人暮らしです。両親は神奈川にいます」 「ご健在?」 「えっと。そうですね。元気にやってます(のはずです)」 「ご兄弟は?」 「一人っ子です」  僕の母は産後しばらくして大病を患ったそうだ。だから、二人目を産むことはできなかった。兄弟の多い友達を見て、弟が欲しいと思ったときはあったけれど、母に我が儘を言うことはなかった。 「アレルギーはない? 薬で気分悪くなったとか」 「ええと、はい。食べられないものとかないですし……薬も問題なかったです」  十分間ほど、僕の略歴や会社での仕事、人間関係の話をした。もう脈を測ることはないのか、先生の手が僕の手首から離れていった。正直ホッとした。天宮先生の声は低いうえに柔らかくて、ゾクゾクするような声質、俗にいう、甘い声なんだ。だから、緊張というより、別の感情で僕は手汗を気にしてしまった。 「さてと……それでは、こういうのやってみましょう」  先生は背後のデスクから、なにやら小さな物を持ってきた。そして、ソファーに座りなおすなり、僕の目の前で『それ』を披露する。 「え……な、なんですか、これ?」  綺麗な指で白い糸のようなものを摘まむ。20センチほどの糸の下、丸いコインが垂れ下がっていた。
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