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第4話 アルバム
実家に帰ると、母さんだけが僕らを出迎えてくれた。リビングで珈琲を飲みながら、僕は仏壇を眺める。
この仏壇が美花のものだったとは……母さんはあえてお参りしろと言わなかった。母との話が終わったら、今度こそちゃんとお参りしたい。
「親父は?」
「父さんは逃げちゃった。でも、わかってあげて欲しい。あの人はずっと後悔してるの。美花を守れなかったこと」
「なんだよ、それ……」
僕はつい不満げにこぼす。先生が僕の膝を軽く叩いた。僕だって、偉そうに糾弾することなんてできないけど、ちゃんと僕にも向き合ってほしかった。
「これ、見て」
母さんは一冊の細いアルバムを僕に差し出した。見たこともない冊子だったけれど、何度も取り出して眺めたのか、角が少し潰れていた。
「私たちの寝室のね。クローゼットの奥にしまってたの。あなたは多分、見たこともないわね」
僕は恐る恐るそのページをめくる。その瞬間、眩いばかりの笑顔に圧倒された。
――――あ……。
艶々の黒髪を風に揺らし、両手を挙げてこちらに走ってくる。これはまだ、幼いころの『美花』だろうか。
ページをめくる指が震える。美しく成長していく彼女の横に、赤ちゃんの姿が現れた。
「これは……僕か」
「美花は光が生まれた時、本当に喜んでね。六つ年が離れていたから、よくお手伝いもしてくれた」
母が、ため息交じりに応じる。ティッシュを掴んで目元を拭い始めた。僕の気持ちは千々に乱れ、心臓が煽って収まらない。
麦わら帽子の二人、草原を走ってる。僕は3歳くらいだろうか。姉に手を取られ、満足そうに笑ってる。
『みーちゃん』
夢の一場面が蘇る。これは多分、僕らが暮らしていたH県の風景なんだろう。僕は姉の後を追いかけて、一生懸命走っていたんだ。遊んでほしくて。一緒にいて欲しくて。
「これは、亮市叔父さんか……」
姉の黒髪は成長とともに長くのばされ、小学生と思えないほどの美少女になっていた。白い肌に黒目勝ちの瞳が印象的だ。
美花の横に高校の制服を着た亮市叔父が並んでる。二人でアイスを食べてるシーンだ。僕はその二人のそばにいたのだろう。次の写真には僕が美花の足に貼りついてるところが撮られていた。
「綺麗なお姉さんだったんだね。なにか思い出した?」
隣で天宮先生が尋ねる。思い出す。そうだね……。
「どうして……忘れていたんだろう。この人のこと、僕は大好きで……いつも追いかけていたのに……」
涙がぼたりとアルバムに落ちた。僕はそれまで、自分が泣いてるなんて思いも寄らなくて、慌ててティッシュで拭きとった。
それから、しばらく……肩を震わせて泣いた。
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