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第6話 一人っ子
色んなことが嵐のように過ぎ去った。近所でも評判だった美少女が殺されたことで、あの小さな田舎町が見慣れないマスコミの車や人で溢れかえる。
騒然としたなかで、父を残して僕らだけが母の実家に移ることになった。結局それでも耐えきれず、父は高校教師を退職して自分の実家のそばに転居したのだけれど(今の職業、会計士はそのとき転職したものだ。資格そのものは教諭時代に獲っていたらしい)。
当時3歳だった僕は、姉がいなくなったことを理解できなかったそうだ。毎日みーちゃんはどこにいったのだ。なぜ帰ってこないのだと母親たちに尋ね返した。
仕方ないことだけど、自分で自分に腹が立つ。母さんたちはどんなに辛かったか。
そして、しばらくして僕の奇行が始まった。夜中、突然起きて泣き叫ぶ。毎晩起きては、姉を探し回ったと。
3歳の僕は両親にこう訴えた。
『みーちゃんが僕に寝るなって言う。起きてろって』
「え……それって……」
僕はごくりと唾をのむ。隣で先生の姿勢が伸びた。膝に置かれた拳をきゅっと握ったのが見えた。
『寝ては駄目。起きていて』
このところ、僕が寝入ると必ず聞こえてきた声だ。その声が聞こえると、僕はまんじりともできず苦しい夜を経て朝を迎えていた。
――――もしかして。あれは姉が実際に言った言葉ではないのか。小さな僕が寝てしまったことを後悔して作り出した言葉なのか。美花がいなくなったのは自分が寝てしまったせいで、それで怯えて……。
例えば誰かが、親戚の誰かが不用意に言ったのかもしれない。『光が起きてたらなあ』とかなんとか。僕が聞いているとも気が付かずに。
「それで、治療をされたんですね」
茫然とする僕の隣で、先生の冷静な声が響く。いつの間にか、僕の右手に自分の左手を重ね、柔らかく握ってくれている。僕はその暖かな体温がたまらなく有難かった。
「主人の同窓に、有名な精神科医を知ってる方がいて。紹介いただきました」
母はテーブルに肘をつき、組んだ両手の上に額を乗せた。生え際に白いものが見え隠れしている。
母は50代になってから髪を短くした。染めるのが楽なのよと言っていたな。組まれた手に皺が見える。いつの間にか年を取っていることに僕は時の残酷さを感じる。
もっと、親孝行しなくてはと、こんな時に思うのはずるいだろうか。
精神科医は僕がPTSDに陥っていると診断した。幼い時期ではこれから先の長い間、重篤な症状に苦しむことが危惧されると両親たちは脅かされた。
「先生の提案は、私たちには苦しく切ないものでした。でも、せっかく助かった光まで失うのは辛すぎる」
苦渋の決断。母はそう言った。医師の提案は、僕から『みーちゃん』の記憶を消すことだった。医師と両親、祖父母、親族。そして最後に転居。全てが僕に暗示をかけた。
『光は一人っ子だから』
僕は、大好きだった美花の記憶を失った。
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