第8話 傍若無人

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第8話 傍若無人

 その日の夜、僕は美花の夢を見た。前の晩あまり眠れなかったし衝撃で疲れていたのもあって、先生の腕の中に包まれるとすぐ、ぐっすりと寝入ってしまった。  夢はいつものように、あの草原で、姉と手を繋いで走っているシーンだ。これがもしかしたら、僕にとって生まれて初めての記憶だったのかもしれない。  黒髪が風になびいてる。振り返りながら僕を見る彼女の瞳は優しかった。 「ああ、そうか」 「どうした? まだ起きるには早くないか?」 「あ、ごめん。起こしちゃった」  秋の夜は長くて、まだ辺りは暗い。ぐっすり眠ったので、僕は変な時間に目が覚めてしまった。隣で先生が熟睡してるというのに、僕は声に出してしまったようだ。 「いや、いいよ。私は何度寝でもできるから。それより、『ああそうか』ってなに?」 「あ、うん。すごくくだらない事なんだけど……」  僕は先生の腕の中に潜り込む。暖かい体が気持ちいい。 「亮市叔父さんの奥さん、優実さん覚えてる?」 「え? ああ、綺麗な人だったね。それが?」 「誰かに似てるって思ってて、雰囲気が」 「ん? それってもしかして美花さんのこと?」  先生もそう思ってたんだろうか。それともこのタイミングで言ったから予想しただけかな。 「うん。そうだと思う。ただまあ、髪が長いってだけのことかもしれないけど」 「そうだな。綺麗な髪は印象的だったから」  僕はそのとき、ふいに思いついたことがあった。そしてそれをそのまま口にした。 「一度、母さんの実家に行ってみたいな」 「え? H県か? 遠いぞ。でもまあ、二人で行くと楽しいかもな」 「そうだよ。まずは美花の墓参りに行って、そのまま高速道路を突っ走る」 「おいおい、突っ走るのは大体私なんだけどね」 「いいじゃない。僕は膝に乗ってるよ」  無邪気なふりして僕は先生に抱き着く。首のうしろに両手を回し、キスをねだった。 「末っ子は傍若無人だなあ」  なんて言いながら、けど満更でもなさそうに先生は僕の唇をついばんだ。僕はもっとディープなキスが欲しくて、ぎゅっと首の後ろの手に力を込める。そうと気付いた先生は躊躇うこともなく、舌を這わしてくれた。  深いキスに僕は溺れる。この時、そのふわっとした希望がもたらすとんでもない事態に、僕は全く気付いていなかったんだ。
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