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第13話 旅の宿 2
純和風旅館というだけあって、寝床は今時珍しい布団だった。なんだか修学旅行以来のような気がする。その時は大部屋に十枚くらいの決してふかふかではない布団を並べて敷いたんだけど。ここのはもちろんふかふかだ。
「そっちいっていい?」
「もちろん」
食い気味に言う。僕がそう言うの待ってたな。くすりとして、先生の布団に入る。大きな布団なので、二人でも狭くはない。
「なにか可笑しかった?」
「え? うん。先生、食い気味に言ったから」
「あ、ああ、なるほどね」
言いながら、先生が用意してくれた腕枕へと潜り込んだ。
――――もしかして、ここからなにかあるかも。
心臓のドキドキがすごい。いや、これもしかして先生の心臓の音か? 旅館の浴衣を纏った先生。大きく開いた襟元から覗く逞しい胸板にそっと耳を近づけてみる。僕の心臓も大概激しく鼓動を打っているけど……。
――――なんか、早鐘みたいになってる。大きく早く。さっき飲んだ日本酒のせいじゃないよね?
否が応でも期待してしまう。期待、いや、誤魔化すのはよそう、僕は期待してる。先生との同棲がスタートしてから、二週間。一緒のベッドで寝てるのに、僕らの関係は全く進展しない。
それも仕方のないことなんだ。治療のこともそうだし、美花の事件があまりにも衝撃で。さすがに我が世の春みたいな振る舞いは出来ない。僕の精神上も無理な話だし、先生は医師だし紳士だし……。
――――でも、それもこの旅が終わった頃には吹っ切れるかな。もちろん、今すぐ吹っ切りたい気もするけど……。
先生はあくまで主治医で紳士を貫くのか、それとも、この心臓の音が示すような欲望に忠実に従うのか。
――――やばいっ! マジでドキドキしてきた。心臓が胸から飛び出そうだよ。
「光……」
ため息交じりの先生の声。物凄く色っぽい。僕の背中に回した腕に、力が加わった気がする。
「好きだよ……」
うわあっ。もう叫びたくなってきた。僕は大木にしがみつくセミみたいに先生に抱き着いて呻く。
「僕も、好きです。先生……」
「こっち向いて、光」
胸に埋めていた顔を、先生の声に導かれるように上へ向ける。先生の前髪が僕の額に落ちた。まだ少し湿っているように思う。
ゆっくりと触れさせた唇は柔らかくて、これも少し湿っている? そのまま僕らは沼に落ちるような、深い深いキスをした。
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