第17話 どっち側

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第17話 どっち側

 亮一叔父は僕らが今日、伯父さんの家に行くことを母さんから聞いたと言った。 「いや、昨日姉さんに電話したんだよ。結婚式のことで聞きたいことあってな。そしたら、今日、こっちに来る予定だって言うから」  それで、わざわざ会社を休んできてくれたと。 「失った過去を探す旅なんやろ? 俺に聞きたいことあるんやないかと思ってさ」 「ホントに? それは有難いよ。」  思いがけない再会の喜び後、僕らは以前亮市叔父が使っていた部屋に移った。亮市叔父にとって、ここは実家だ。大学で大阪に行くまで住んでいた。今はもう、荷物も全部引き払ったそうだけど。 「だってここはもう、完全に兄貴の家だからな。俺の実家は、親父が死んだときになくなったんだよ」  部屋はすでに客間となっていた。窓を開け放ち、空気の入れ替えをしながら叔父は、少し寂し気に言った。 「ああ。よう覚えとったな。あそこのコンビニ、以前は酒屋だったんだよ。確かにあそこでアイス買ったことあるなあ」  亮市叔父は、僕が生まれる前から、よく僕の家に遊びに行ってたらしい。自分でもシスコンなんて恥ずかしげもなく言う。 「さすが先生、ビンゴだね」 「まあね。おっと電話だ……ちょっと失礼」 「あ、うん」  スマホをジャケットの内ポケットからスマートに取り出し、先生は部屋の外へと出て行った。なんとなくその後姿を僕はトレースする。 「ところで……光」 「え? な、なに?」  気付くと亮市叔父の顔が間近にある。と思った途端、ぐいっと肩を抱かれた。 「おまえ、彼とはどんな関係や。いや、みなまで言うな。彼氏なんやろ?」  こういうやらしい話をするとき、どうして関西弁が強くなるんだろう。全く三笠とクリソツだ。そりゃ、気付くとは思ってたけど。 「え……と」 「姉さんとこでも怪しいと思ってたんだよ。なんで先輩がおまえと一緒に来たんか。まあ、あの時はそんな親密には見えんかったけど……」  あの時はまだ、そういう関係ではなかったんで。とは言わない。 「おまえ、そっち側の奴やったんかあ。はよ言えよ」 「な、なんで。僕だって、知らなかったよ」  どっち側の人間とか、そんなの知るか。僕はずっと奥手だったんだから。 「ふううん」 「彼は、僕の主治医だったんだよ。そのへんも聞いたんだろ?」  僕はようやく叔父の拘束から逃れ、乱れたニットを整える。全く、小さいときはともかく、叔父さんとだって距離が近いのは嫌なんだ。  ――――先生だけなんだから。僕にくっついていいのは。 「なんだよ。相変わらずガードが堅いな。光は。あの先生には平気なんやろうけど」 「ご……ごめん」  別に謝る必要はなかったとは思う。けど、拗ねた言い方をされて、なんだかバツが悪くなった。 「いいよ別に。あの事件のあと、光と姉さんはここに来ただろ? その時も、随分怯えてたな。いつも俺にくっついてたくせに、姉さんから全く離れなかった」  事件の直後、押しかける報道陣や警察関係者による圧迫に、母と僕はここに身を寄せた。  亮市叔父はその頃、浪人中だったらしい。大学入学で大阪に出たのはその翌年だ。  ――――そういえば……。  僕はその頃のことを断片的にだけど思い出してきた。子供の頃の記憶だから、それが正しいのか、どういう時系列なのかはわからないけれど。  ――――僕と母さんは、さっきの仏間に寝起きしてた。母さんが、必死に仏壇にお祈りしてたのを見た気がする。僕は母にすがって……。 『ママ、ママ……どこ?』  昼寝から起きたら母さんがいなかった。僕は一人で大きな田舎の家を探していた。 『光、大丈夫か? ママはすぐ戻ってくるよ』 『にいちゃ、ママはみーちゃんのところに行ったの?』 『え……違うよ。すぐ戻ってくるよ』  膝をつき、僕の目線に降りて亮市叔父は僕の頭を撫でてくれた。  ――――それから……それからなにかあった……。 『なあ、光。あの夜、本当に寝てたんか? なにか見たんやないのか?』  
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