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第5話 残像
「現実ではそうだよなあ。別件で逮捕された奴が、実は……って感じで判明するくらいだよなあ」
酔っぱらうと痛みも感じないのか。三笠は僕に叩かれたことを気にもせず、ミステリーの謎解きに夢中だ。
――――でも、別件逮捕か。そういうのは実際ありそうだな。
もし現実にそうなったら、僕の両親も区切りが着くのかな。僕は知りもしなかったけど、両親はずっと心晴れずにいたんだ。
犯人も憎いだろうけれど、自分たちが守れなかったことに悔やみきれずにいる。今もずっと。
「しかしそれでは、小説にはならんな。なんか要注意人物とかおらんかった?」
「知らんよ、そんなの」
かなり酔っぱらってるとはいえ、人の姉の死を面白おかしく推理するってのはどうなんだ。僕も少し酔ってはいるが、さすがにこれ以上妄想には付き合えない。
「人の身内の不幸で遊ぶなよ」
ちょっと怒り気味に僕は三笠を窘める。
「あ……ご、ごめん。本当に。俺……なんか現実味なくて……綾瀬のお姉さんに申し訳ないことを……」
正気に戻ったのか、三笠は突然青い顔をしてきょどっている。まあ、そうだよな。冷静に考えれば失礼極まりない行為だ。
「いいよ。酔ってたってことでさ。さ、もうこの話はおしまいにして、飲もうぜ」
「お、おう。そやなっ」
今日のお酒はそんなに悪いものではなかった。いつもなら、一杯二杯で頭痛がしてくるのに、食事も美味しかったからか悪酔いせずにここまで来てる。
これも、不眠症が治り、幼児の頃のトラウマが軽くなったおかげかもしれない。叩くという行為であったにせよ、先生以外の他人に自分から近づいたわけだから。
――――現実味がないか。それはそうだ。当の本人が一番それを感じている。
にしても、要注意人物か。当時、空き巣犯がうろうろしてたんだから地域の人は気を付けてただろうにな。二階とはいえ、窓はカギ閉まってたんじゃないのか。泥棒の技術で開けられたのかもしれないけど。
その時、僕は唐突に思い出した。美花が僕に言った言葉。
『光。あんまりあいつと仲良くしないで。二人きりになったら駄目だからね』
眉を眉間に寄せ、僕に低い声で囁いた。
『なんでえ? みーちゃんも仲良しじゃん』
反論する僕の声。幼児言葉の舌足らずが、なんだか狙ってるみたいでいやだ。
『なんででも。光はみーちゃんが一番好きでしょ? なんでも言うこと聞くんでしょ?』
『んんー。わかった! みーちゃん、好き!』
顰めていた眉がぱっと弾けて、満面の笑みになる。写真にあったような美しく可愛い笑顔だ。真っすぐに切りそろえられた黒髪の前髪がふわりと揺れた。
――――あいつ……誰のことだろう。要注意人物?
その記憶が、本当にあったことなのかは正直わからない。けれど、妙にリアルなシーンが僕の心にさざ波を立てる。久々に酒に酔っぱらってみる白昼夢だろうか。
「今度のプロジェクトさあ、部長が……綾瀬、どないしたん?」
「あ、いや、何でもない。部長がなんだって?」
僕はまた三笠とのどうでもいい会話に興じる。それもまた楽しい社会の一コマだ。けれど、僕の心の裏側では、さっき見た残像をずっと必死で追っていた。
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