第6話 収穫

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第6話 収穫

 夜になると、空気は師走の気配を漂わせる。ただ、飲んで暖まった体には、時折吹く風が心地よくもあった。  しこたま(と言っても、僕基準)飲んでの帰り道。地下鉄の最終になんとか間に合って駅から15分の帰路に着いている。  いつもは自転車なので引いて歩く。既に街路樹は裸になって、寒空に枝を心細そうに伸ばしていた。所々に残っている枯れ葉を踏むと乾いた音が足元で崩れていく。なんとはなしに物悲しい音だった。  ――――あいつ。美花がそう呼んだのは……誰のことだろう。3歳の僕はそれが誰かとわかっていた。  歩きながら、脳裏でずっと考えていたことを表に出す。でも、さっと答えは見つけられなかった。  美花の幼馴染とか、近所の悪ガキ? イメージとしてはそんな感じだ。もしかしたら女友達かも。大人っぽく美しい美花は、いじめを受けていても不思議はない。  だとしたら、どうでもいい記憶だな。9歳の友達が夜中に美花の首を締めに来るわけはない。そしてまたどうでもいい話だが、美花は先生と同級生だと今夜気付いた。 『先生だって20年前は9歳だよ』 『ほんとだ。サイトに載ってる』  後で僕も検索してしまった。生年月日の生まれ年が美花と同じだったのだ。たまたまではあるけれど、これも一つの偶然かな。  ――――さて、さっさと帰って風呂入って寝よ。  明日も仕事だ。  翌朝、先生がベッドの隣に寝ているのを見て、僕はホッとした。実は昨夜、帰宅した時に先生はまだ帰っていなかった。  用事があるとは言ってたけど、深夜にもまだ不在なんて思わなかった。  ――――先生、なんか面倒(失礼)な患者でもいるのかな。大体先生は患者さんを甘やかし過ぎだよ。  なんて自分のことは大棚に上げて考える。それでも酔っぱらった正常な神経の僕は独りぼっちのベッドで熟睡した。 「もう朝か……」  静かにベッドを出たつもりだったのだけど、先生を起こしてしまったようだ。 「ごめん。起こしちゃった? まだ先生の起きる時間じゃないから寝てて」 「あー、うん。昨夜はどうだった? 三笠君と楽しく飲めたか?」  先生はごろりと体をこっちに向ける。乱れた前髪がなんだかセクシーだ。 「ええ? 楽しかったよ。相変わらずあいつの妄想が爆裂してた」 「ふうん。それは楽しそうだな。今夜にでも聞かせてくれ」  本当におかしそうに、先生はくすりと口角を緩める。またまたドキリとした。 「先生は……なにしてたの? また変な患者さんでも来た?」  この言い方。僕は少し嫉妬でもしてるのだろうか。先生にまた特別気になる患者が出来たら……とても嫌だ。 「いや? クリニックとは関係ないよ。昨夜の用事は……」  今度は頬をぴくりとさせた。今のはなに? なにかよからぬ疑念が。 「それも今夜話すよ。収穫はあったと思ってる」 「そ……」 「じゃ、もう一寝入りするから」  僕の言葉を遮って、先生は寝返りを打つ。完全に背中を向けられては僕はもう何も言えなかった。  ――――先生、まさか事件のこと調べてたの?  収穫。それは僕と三笠が酔いに任せて興じていた『妄想』とは全く違うものだ。僕は胃のあたりに、重いものが落ちていくのを感じた。
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