第7話 キスしようか。

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第7話 キスしようか。

 その日、なんとなく落ち着かないまま就業時間が過ぎて行った。隣の同期は二日酔いが祟ってかほとんど無口。青い顔して画面を見つめていた。  悪酔いしたのを本人も自覚しているのだろう。ただ、昨夜話したことはほぼ忘れているようだ。その方が僕も有難い。 『今夜話す』  先生の起き掛け特有のほんわかした声が、この日何度も僕の耳によみがえってきた。駅からマンションまでの緩い上り坂を自転車で漕ぎながら、それは今朝の風景とともに僕に迫る。  ――――なんだろう。意外に『なんだぁ』ってことならいいんだけど。 「あ、先生」 「おお、今帰りか」  マンションのエントランスで先生とばったり会った。帰宅時間は各々まちまちなので、こんなふうに会うのは初めてだ。 「お疲れ様」  降りてきたエレベータに一緒に乗る。なんだか新鮮だ。 「キスしようか?」 「へえっ? えっと」  18階まで昇る間、先生は手持ち無沙汰にでもなったのか、突如としてそんなことを言いだした。ちらりと上部を見ると、防犯カメラが僕らを睨んでる。 「心配ないよ。なにもなければ更新されちゃうから」 「でも……」  口にした言葉は塞がれた唇で消えていった。顎に手をかけふいと上向かされた瞬間に僕は震えてしまう。  ほんの数秒の短いキスだったけれど、まるで夢でも見てるような心地。 「失礼」 「ほんとに……失礼だよ」  俯いて僕は呟く。失礼だけど、癖になりそうだ。そんなこと、恥ずかしくて言えない。 「でさ、三笠は推理小説みたいに言うんだよ。先生よりずっと失礼だろ?」  エレベーターのキスで心がほぐれたのか、僕は夕食の準備からずっと昨夜の顛末を話してる。  多分、恥ずかしさを紛らせたいんだな。まさかそれが狙いだった? 考え過ぎか。 「なるほどね。確かにミステリーなら犯人は近場にいるな」 「そりゃ、探偵が毎日事件に会うのと同じくらい、現実には程遠いよ。あいつ、先生が犯人だって言ったんだよ?」 「え? おいおい。私も当時は美花さんと同じ小学生だよ」  料理をテーブルに並べた頃に、炊飯器がご飯が炊けたとメロディーを奏でる。僕らはいつも通り向かい合って席についた。 「そう言ったら、逆に驚いていた。もっと年上だと思ってたんだってさ。悪い意味でなく、先生年上に見えるから……そういえば、先生は美花と同い年だったんだね」 「ああ。あの記事を見つけた時、気が付いた。妙な因縁だなと思ったよ」  少ししんみりしてしまった。どんなに悲しんでもその思いが尽きることはない。どうすることもできないもどかしさも。 「三笠も言ってたけど、この先犯人が捕まるようなことがあったとしたら、別件で逮捕された窃盗か強盗犯が、実はその事件に関わってたと判明する。みたいなことになるのかな」  微妙な空気になったその場を、僕は振り払うようにわざと明るい声を出した。けれど、少し間を置いて応じた先生の言葉に、僕は一瞬で固まった。 「いや、それはない。あの頃、あの地域を荒らしていた窃盗犯。既に逮捕されてる」
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