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第7話 忠告
僕は先生の意向を承諾したのだ。けれど、もしこのまま普通に眠れたら、この要求に応える必要はない。なんて、そう軽く考えたのも事実だった。
「それでどうやったん? 評判のいい医者なら治ったんやないのか」
仕事しながらではあるが、三笠の追及は続いていた。別に正直になにからなにまで話す必要はないのだけれど、思考がモニターに八割は言ってるので、なにを隠すか誤魔化すかとまで考えられなかった。
「いいや、いつもと同じに戻った。先生にもそんなに簡単には治らないって言われた」
自分で手作りのコインを揺らしてみたが、全く効果はなかった。
――――そうなると、また天宮先生に眠らせてもらいたい。そんな気持ちが湧いてしまうんだ。
僕は実は、この感情のほうが怖かった。
「なるほどねえ。その天宮氏ってイケメンなん?」
そこ聞くとこか? なんとなく違和感を持ち、僕は画面から目を離す。三笠は真っすぐ前を見て、指は忙しなく動いていた。マジで器用な奴だな。
「ああ、縁なし眼鏡の下には涼やかな目、くっきり眉に高い鼻。典型的な男前だよ。おまけにスタイルがモデルなみにカッコいい」
「なあにっ! マジか。俺よりカッコええ?」
はあ。何言ってんだか。まあ、三笠は普通にイケメンだけど……てか、今時の雰囲気なんやらだ。
「そうだね、残念ながら」
そこで、軽やかに動いていた三笠の指が一瞬止まった。僕はなんとなく再びあいつの方を見た。
「綾瀬……惚れんなよ。ほら、あれだよ。マインドコントロールってか。もしくはグルーミング」
三笠は僕の方を向き、茶化すでもなく真面目な表情で言った。
「馬鹿か。先生がゲイとでも言うのかよ」
「有り得るやんか。なんか怪しい……」
やめてくれ。僕だって、どこかそんな気がしないわけでもないんだよ。あのウインクとか。けど、ちゃんと病気を治したいし……。
「俺の綾瀬が他の男に取られるなんて耐えられないー!」
「誰がおまえのだ。やめんか、気持ち悪い!」
今度は完全に茶化してる。ケヘヘという、訳のわからん笑みを漏らす。まあ、あいつの揶揄いには慣れてるけど。
「けど、マジでちょっと気になるな、その先生。不眠症がそんなに興味のある症例とも思えんし。まあ、家には上げるなよな」
「ああ……そうだな。ありがとう」
最後は、本当に心配してくれているのがわかった。確かに、病気が治った、気分が良くなったとなれば、どうしても相手を信用し、心を許してしまう。怪しい新興宗教や詐欺商法で使われる手口でもある。
なんの因果がなくても、本当に治癒しちゃったら信じるのが人情だよね……。
――――けど、迂闊に気を許さないようにしないと。
僕は手の下にあるマウスを、意味もなくぎゅっと握った。
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