第17話 墓穴を掘る

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第17話 墓穴を掘る

 僕の実家から車で一時間ほどの場所の山林。僕ら地元の人間にとっては、ちょっとした登山に出掛けるような山だった。 「なんでおまえ……」  シャベルを持つ僕の目の前には、驚き慌てる叔父が、地面にしりもちをついている。僕が蹴飛ばしたんだけどね。 「叔父さんは知らなかったんだね。僕が心療内科に通っていたワケ。僕は長いこと不眠症で悩んでたんだ。睡眠薬を飲んでもあまり効かなくてね。  そ、つまり僕は、睡眠薬の効きが悪い体質だったんだよ。ま、僕もすっかり忘れてたけど。その不眠症の原因がさ、叔父さんが起こした美花の殺人事件なんだ。こんな偶然ってある?」 「な……そんなアホなこと……」  僕は車に放り投げられてすぐ、目が覚めた。叔父は僕が寝込んでいるのを過信して、僕の手足を縛るようなことをしなかった。  僕は、その瞬間が来るまでじっと我慢してたんだ。  ――――穴を掘ってんのか。じゃあ、全部掘らせるか。相当疲れるだろうからな。時間稼ぎにもなる。  湿った土の上に直接寝ころぶのはそうとう気持ち悪かったが、僕は耐えた。絶対にここで逃げ出さないと。 「へ、へえ。それは知らんかったな。けど、まだまだ甘いな。おまえは」  叔父は尻を叩きながら立ち上がる。僕は両足を踏ん張り、シャベルを構える。  なにも鍛えてないのは仕方ないけど、シャベルを持ってるだけ有利なはずだ。それに僕は叔父を殺す必要はない。もう少し時間稼ぎをすればいいだけのはずだ。 「寝てすぐ、やればよかったなあ」  僕はごくりと息を呑んだ。叔父の右手で月明りが反射している。その手にあるのは、キャンプなんかに使う大型のナイフだ。 「学校では毎年キャンプに行くんでね。キャンプは最高に楽しいよ。大抵クラスの一人か二人は、独りぼっちになる子がいるんや。そういう子は、ちょろいんや」 「やめろ、なんでそんなことを今自慢してるんだよ。いくらナイフだって、シャベルの方がリーチがあるっ」 「おまえになにが出来る。いつも美花や姉ちゃんのスカートの影で隠れてたくせに。そんなおっさんになるまで親や親族に守られて、いい御身分だったよな」 「ぐ……」  さすが教師と言うべきか。僕が一番堪えること持って来やがった。けど、そんなことに動揺してちゃダメた。 「おまえにゃ、サバイバルは無理なんだよっ」  亮市叔父が一直線に向かってくる。僕は身を翻しながら、シャベルを振る。けど、すかくらってバランスを崩してしまった。すかさず叔父がナイフを手に飛び込んでくる。 「ええいっ!」  必死でシャベルを振り回す。けど木の幹に当たったりして思った以上にシャベルが使いづらいじゃないか。 「へへえ」  叔父が勝ったとでも言うような笑みを浮かべた。その背の向こうに、ちらりと光るもの、眩しい。僕はじりじりと下がる。後ろに引いた足元がなんだか心もとない。  ――――よし……。 「きえええっ!」  僕はわざと大声を上げ、叔父に向かっていく。 「わあっ」  シャベルがすっぽ抜けて飛んでいった。万事休すっ!   今だとばかりに叔父が突進してくる。僕はそれを見定めてひらりと躱す。  力はないけど、素早さだけはある。足腰は通勤の自転車で鍛えてるんだ。叔父がバランスを崩した。 「うわああっ!」  僕のすぐ背後には、叔父が掘った穴があったんだ。叔父は自分が掘った穴に、まんまと落っこちていった。
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