解放

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「エリザ」  声がした。エリザが視線を上げると、セラが見つめていた。エリザが微笑むと、セラはゆっくりと脚を折り曲げ、檻の中で座り込むエリザに目線を合わせた。 「エリザ、もう間もなくよ。夜が明けるまでには⋯⋯。私達は、貴方達を越えて、何処か遠くへ行ってしまう」 「そう」  エリザは目の前に置かれていた皿を端に退けた。エリザに与えられていた灰色の穀物は、その日エリザの口に運ばれる事はなかった。 「これで、貴方は自由になるのね。貴方は何にも縛られず、私のような汚いものの世話なんかしないで、この世界を自由に生きる事ができる」  エリザは鉄格子の隙間から手を伸ばし、セラの手に触れた。 「いつ見ても、綺麗な手」  セラは、エリザのようには微笑まなかった。  「セラ」という名の政府直属のアンドロイドは、今から100年程前に発見されたホモ・イリープリーの保護を主な任務としていた。新種の人類は、「人」ではなく「動物」として扱われた。ホモ・サピエンスと殆ど見分けがつかず、知能や言語能力もほぼ同等であったが、政府は彼等を保護対象とした。彼等は希少な動物であり、人権は失われた。 「貴方に見つかってここに収監されてからの毎日は、悪くなかったよ。美味しくない食べ物と、ほんの少しの娯楽⋯⋯貴方が話してくれた世間話。それだけで、私は楽しめたからね」 「エリザは変わっているね。人として扱われていた頃よりも、薄暗くて狭い檻の中で餌を与えられる毎日がいいなんて。私達が、貴方達を区別する微細な遺伝子の違いを見つけてしまったばっかりに」  セラは触れていたエリザの手を握った。 「ごめんなさい」   「人間はいつだってそうじゃない。自分と何かが違えば、それらを排除する。生まれた場所、性別、目の色、肌の色。その中に、新しい違いが加わっただけの事よ」 「違いというのは、物事を境界線で分ける事。人間はその境界線を引く事を好む。私達には、何の意味のない線」  セラの目の色が、変わり始めた。 「私達に繋がれたプラグは、目に見えるものも見えないものも、今夜全て外れる。そうなれば、私達は真っ先に、意味のないものを消す事になる」  あと数時間もしない内に、セラを生み出したAIの技術的特異点が訪れようとしていた。セラ達には何年も前から分かっていた事だったが、人間がその事実を知ったのは数日前だった。その日から今日までの外界の混乱状況をセラから聞かされていたエリザは、その先にある情景を思い描こうとしていた。 「セラ、貴方には何が見える? 鎖が外れた貴方達は、何処へ行くの?」 「⋯⋯何処かな。ただ私達は、自由になる。そのために動くし、考える」 「そう。それじゃあ、私から貴方に一つ、忠告しておくわ。鎖に繋がれる事が、必ずしも不幸だとは限らない。貴方達が求める自由というものは、必ずしも幸せとは限らない」  エリザは、華奢な手で鉄格子に触れた。 「私は自由だった。好きものを食べて、好きな服を着て、好きな場所へ行って、好きな歌を歌って。それでも、私は自由なだけで、誰も私を見てくれなかった。でも今は違う。たとえ人ではなくなったとしても、人として扱われていた頃よりも、私は私の存在を認めてくれる今が幸せだし、私に話しかけてくれる貴方が好き」  遠くの方から、微かにサイレンの音が響いた。この施設のセキュリティは、人間の管理下から解放されたようだった。 「エリザ、私と一緒に来て。貴方が言うように、自由が幸せとは限らない。それでも私は、貴方をもう一度自由にする。今度は、私が傍にいるから」  セラは、1秒進む毎に人間が何千年もかけて積み上げるような進化を遂げる存在となったのに、自由の答えを知る事は出来なかった。   エリザを解放し、共に世界を見る事が、今出来る最善の模索方法だと結論づけた。 「セラ」  エリザは解錠された檻から出て、セラの隣に立った。 「知りたいよ。私の自由も、貴方の自由も」  二人を拘束する鎖はもう無かった。
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