AIは無慈悲な地下鉄の女王

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 市民の通勤通学などに利用されている地下鉄です。小規模ながらも地方都市の移動を賄うのには十分で、長期休業の際には県外から観光客が訪れます。東西線・朔風線からなる地下鉄で、テーマカラーは北光市の伝統にちなみ茶・黒・金。車体には伝統工芸をモチーフにした細やかな装飾が施されています。  そして、北光電鉄の特筆すべき点。世界初の試みであり、注目が止まない理由。それは、この地下鉄はすべて無人運転であり、制御は全てAIが行っているということです。  Innovative Responsive Intelligent Subway――通称I.R.I.S(アイリス)と呼ばれているこの北光地下鉄制御AIは、導入時に疑問の声が上がりました。しかし、I.R.I.Sは3年前の稼働時から現在に至るまで、その仕事を完璧にこなし続けています。高度な計算機能を用いた秒単位の発車・停車が可能なのはもちろんなこと、様々な遅延トラブル・災害・事故などにも対応してきました。  私は北光電鉄に勤めているオペレーターの一人です。列車制御は大部分がAIで賄っているものの、鉄道業と言うもの列車制御だけで成り立ちません。お客様へのご案内、列車の整備、車内清掃など、まだまだAIの手では賄えないところは存在しているのです。私はそんな、AIの仕事を補佐するオペレーターの……。  いえ、この説明は、面白くありません。私の趣味は読書。特にファンタジー小説が大好きなのです。淡々と、コンピュータの前に座ってタイピングする様子を説明しても、この仕事の面白さをお伝えすることはできないでしょう。 AIを補佐するオペレーターは数十人ほど存在しています。私達は、I.R.I.Sのことを、愛をこめてこう呼んでいるのです。  女王陛下、と。  だから私は、女王陛下に使える召使の一人なのでございます。女王陛下は強大な力をお持ちになり、この地下帝国を統括されております。我々召使たちは、女王陛下の眼となり耳となり、王国中の様子を探っているのです。  地下で薄暗くとも、ここは美しい王国です。日夜の幻想的な鉄鋼線やライトの光。多数の国民たちが行き集い、活気あふれる明るい駅。  女王陛下は美しく聡明なお方でございます。我が王国を、記録的な嵐が襲った2年前のことをご存じですか? 我が王国の線路の上に巨木が倒れてきてしまったのです。あの頃の女王陛下はまだ就任したて。若くて経験も浅かったものですが、陛下の働きは素晴らしいものでした。  もちろん、女王陛下が自ら倒木を持ち上げたのではありません。国王たるものがそのようなことを自らなさることはございません。彼女のすさまじい力が発揮されたのは、その処理能力と、現状把握能力、情報伝達能力でした。 「すさまじい処理能力だな」  オペレータールームの巨大ディスプレイを見上げながら、課長が言った。 「I.R.I.Sに倒木情報を入力したのは2秒前だぞ? 2秒で、ここまで処理ができるとはな」  人間なら20分はかかるぞ、と課長は笑う。  ディスプレイには、北光地下鉄の路線図が表示されていた。×が表示されているところが倒木位置、周りの線路は一定区画赤色に塗りつぶされている。  ウィンドウには、列車の遅延情報、復旧までの見込み時間、倒木処理のための重機・係員の手配……などの情報がびっしり表示されている。これらの大量の情報を、I.R.I.Sはたったの2秒ではじき出したのだ。 「さすが女王陛下だ」  課長は愛をこめて苦笑した。無機物であり、彼はソフトウェアであるI.R.I.Sを、こんなふうに親しみをこめて呼ぶのが大好きだった。 ちなみに、私のディスプレイには女王陛下からのこんな指示が来ていた 「オペレーター、重機業者への連絡を開始してください」 「はい、女王陛下」  私は一礼し、女王陛下の王座の間から退出いたしました。女王陛下は自ら倒木を持ち上げません。彼女が自ら街に赴いて、力自慢の人間たちに声をかけることも致しません。すべては我々、召使いが陛下の手となり足となり動くのでございます。  城の廊下を歩いていると、他の召使たちが走っていくのが見えました。急いで国民たちへ通達を知らせに行くようです。私は街の力自慢がどこにいるのかをよく考えまして、船大工のもとを訪れました。そして理由と報酬を説明いたしまして、彼らを現場へ向かわせました。 同時に、女王陛下は召使たちに別の指示していました。線路・電線の補修の指示、また民たちへの他の代替移動手段を提示です。女王陛下は若いながらも、素早く確実に業務をこなしておられます。  私が王城へ帰ってくると、女王陛下は玉座に座ったまま、ちらりとこちらを見ました。彼女は茶と黒の金の、伝統的なドレスをお召しになっておられます。髪をきちんと結い上げ、一見すると一分の隙もない完璧で鋭い女性に見えます。その顔が少しだけほころんで、彼女はこう仰られたのです。 「お疲れ様でした」  私は苦笑してしまった。重機業者に電話した旨をI.R.I.Sに入力したところ、ねぎらうメッセージが出てきたからだ。AI開発者の意図だろうか。ねぎらわれて悪い気はしない。  地下鉄と言うのはインフラで、動いて当たり前の設備である。だが、その当たり前に莫大な労力とお金、そして知識がつぎ込まれているのも私は知っている。北光電鉄のAIオペレーター。私はこの仕事が好きだった。  親愛なる女王陛下は、それからもそつなく仕事をこなした。毎日の秒刻みの運航スケジュール。たまに起こる、線路内への立ち入りと、その後に乱れた運航スケジュールの復旧。線路内信号故障の感知、列車の整備の点検スケジュール。  アイリス女王陛下はどんなトラブルにも対応できる、完璧なAIである。  はずだった。
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