AIは無慈悲な地下鉄の女王

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 女王陛下はご多忙な方でございます。早朝の起床時から、慌ただしく身なりを整えられますと——実際にAI起動には時間がかかる——すぐさま玉座に着きます。朝の謁見の時間には我々召使が収集してきた、王国中の情報の報告に耳を傾けられるのです。例えば、本日は雨の影響で線路が濡れているだとか。今日はB駅付近で国家試験が行われるため、混雑が予想される、だとか。  女王陛下はそのすべての情報に耳を傾け、王国の統治をおこないます。今日はB駅での停車時間を伸ばそうか。今日が雨なら、傘の忘れ物が多くなるだろう。注意喚起のアナウンスを——。 「陛下」  謁見の最中に、1人の召使が息を切らして駆け込んでまいりました。本来あってはならない無礼な行動です。謁見中に割り込むことは禁忌とされています。寛大な女王陛下は、召使いの様子を見て緊急要件だと判断したようです。 「良い、続けよ」  女王陛下の許可を得ると、召使いは叫びました。 「脅迫状が届きました。駅構内に爆弾を設置した、と!」 我々召使には動揺が広がりました。皆顔を見合わせ、不安の言葉を交わし始めます。しかし、女王陛下は表情を崩しませんでした。そしてしばらくの沈黙の後、召使いにこう尋ねられたのです。 「爆弾とは何だ?」 「課長! I.R.I.Sの開発するときに、爆弾を教えなかったんですか!」 「いやあ、そりゃあねえ。納期短かったし」  私はコンピュータのディスプレイに背を向け、課長に怒鳴っているところだった。北光電鉄には丁度6時に爆破予告のメールが届いていた。内容はこんな感じだ。 『B駅に爆弾を仕掛けた。午前10時に爆発する』 「愉快犯でしょ、いつものことだし」  実際問題、こういった話はよくあることである。隣の県の芥川電鉄では、1か月に1度はこういった類のメールが届くらしい。ただし、実際に爆発になったことは一度もなく、愉快犯、あるいは追いつめられた学生やサラリーマンが犯人であることが多いという。 ただし北光電鉄にこういった類の脅迫が届いたのは初めてのことだ。 「形式上は駅構内の点検を始めるけど」  課長は言った。 「問題は、女王陛下にどう説明するかだね。ある程度の数の駅員を出動させないとだから、変に思われるよ」 「女王陛下には伏せて、駅構内の点検を行えばいいのでは?」  私が尋ねると、課長は首を振った。 「女王陛下に隠し事なんてできないよ」 「じゃあ、これから女王陛下に『爆弾』っていう概念を学習させなきゃってことですか」  私は少しだけげんなりした。I.R.I.Sに追加学習データを入力する際は、ある程度の権限が必要で、北光電鉄の重役のハンコが必要だったりする。AI運用にハンコが必要ってどういう文化だよ……と入社時にだいぶ嫌になったものだが、残念ながらここは日本である。 「じゃあ、これから一走りしてハンコもらってきますね」 「急いでくれ。爆破時刻は午前10時。それ以前に対応を行わないと上層部からねちねち言われる」  現在の時刻は午前9時。この時点では、誰も本当に爆発が起こるなんて思っていなかったのである。 「女王陛下、こちらをご覧ください」  謁見の間に、長いローブを引きずった大臣がいらっしゃいました。このお方はお年を召していますが、長年政治にかかわって来た方です。現在は第一線を退いてはおりますが、若い女王陛下の進言役として、こうして助言を行うこともあります。今回、大臣は長い羊皮紙を持ってまいりました。どうやら、『爆弾』についての詳細を記した資料のようです。 「なるほど、火薬を高熱で……化学反応……ふむふむ」  女王陛下は羊皮紙を手に取り、ものすごい速度で読解していきます。謁見の間の絨毯ほどもある羊皮紙は、あっという間に一番下の行までたどり着いてしまいました。 「爆破予告……すなわち、何者かが、我が王国の運行を邪魔しようとしている。実際に爆発が起こる可能性は低い、と言うことだな」 「おっしゃる通りでございます」  大臣はうやうやしく礼をしました。 「しかし、万が一と言う可能性もある。B駅周辺を閉鎖してみてはどうだろうか」  女王陛下は慈悲深く、民を第一に考えて下さるお方でございます。 「お言葉ですが女王陛下。本日は年に一度の国家試験が行われる予定です。B駅の閉鎖を行いますと、影響が出るかと」 「ふむ……ならば致し方ない。B駅の警備を増やせ」  女王陛下と大臣が言葉を交わしていると、謁見の間に、また慌てた様子の召使が飛び込んで参りました。女王陛下はお尋ねになられました。 「何があった」 「車両倉庫で火災……いえ、爆発事故です。それから、犯人から脅迫状が!!」
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