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しばらくのローディングの後、ディスプレイが点灯する。車両爆発と火災の後、あれだけフリーズしていたAIが滑らかに動き出した。女王陛下は、いつものように我々に指示を出してくる。しかしその権限は、はるかに鉄道制御AIの範囲を超えていた。
「報告せよ。昨日の終業時の車両倉庫点検で、何か不審なものは発見されたのか?」
「ええと」
私は手元の資料をもたもたと開きました。
「北光電鉄の各駅終業時点検、及び開業前清掃時に、不審なものは報告されていません。車両倉庫も同様です」
「ならば開業直後に爆発物が設置されたとみて間違いない。本日の北光電鉄開業時間は?」
「朝の4時です」
「爆破予告が届いたのは?」
「朝の6時」
「2時間分の監視カメラの録画データを見る。その間に乗客の避難誘導を」
有無を言わさず、女王陛下は駅構内録画データに眼を通し始めました。しかし、量が尋常ではありません。我が王国に駅は20近くあり、それぞれに10個以上監視カメラが付いているのです。スーパーコンピューターでもない限り、処理は難しいでしょう。
「終わった」
そう言えば陛下はスーパーコンピューターでした。
「録画データに不審人物や不審物は発見されなかった。監視カメラが付いていないのは、車両倉庫のみ。最初の爆発が車両倉庫で起きたことを考えると、2つ目の爆弾は、運行中の車両に取り付けられている可能性が高い」
「そ、そんな!?」
「運行中の車両の重量演算を行う。本来は乗客総数と燃料演算するための機能だが……」
女王陛下は目を閉じられました。そして、目を見開かれました。
「M駅停車中の車両C-457に5.6kgの誤差。何かが取り付けられている可能性がある」
「いいえ、該当車両には何もありません」
私は車内の監視カメラを目視確認した。該当車両は乗客が全員退避した後です。スーツケースなどの忘れ物すらありません。
「C-457がB駅で停車した際、車両の左側面及び右側面、及び上方に不審物は確認されなかった。車両の中にないのなら、下部の車輪付近か」
「……まさか!」
「処理はまず間に合わないだろう。大臣、安全に車両を爆発させる場所はあるか」
「そんな場所なんてないよ」
課長がディスプレイに表示された文字を見て、頭を抱えた。
「強いて言えば、建築中の新駅のH駅か。あそこは工事中だし、地下も深くて誰もいない。半径2キロメートルに住宅地もない」
その時、私たちはメールサーバーから1通のメールを受信した。爆弾犯からのメールで、身代金の受け渡し方法について詳細に書かれている。
『爆弾を止める方法などない。15億は現金で持ってこい。場所は……』
しかし、我々全員がメールを読むより早く、女王陛下は爆弾犯のメールに返信をしてしまいまった。内容はこうである。
『クソ喰らえ』
「陛下! 何をなさっているんです!」
大臣や召使が止めるのも聞かず、女王陛下は謁見の間から歩いて行かれます。ドレスを翻し、辿り着いたのは遠隔運転室でした。ここから、全ての車両にアクセスし、車両の遠隔操作を行うことができるのです。
「爆発予定時刻まであと3分です!」
女王陛下はドレス姿のまま運転席に座り、ディスプレイを作動させました。
「B駅停車中のC-457を、工事中のH駅に移動させる」
「無茶です! 途中経路のM駅には、緊急停車中の別の車両がいます!」
「上り線と下り線を繋げろ。間を縫うようにして通過する」
止めるより早く、女王陛下はエンジンを作動させてしまいました。
「女王陛下! 上り線下り線、各線に停車中の車両がいるんです! 通り道はありません、無茶です!」
「車両の間は20m。まずは上り線を時速40キロで10m通過。0.4秒後に下り線に切り替えて、最大加速しつつ時速60キロで通過。0.2秒後に信号切り替え。10秒後にはH駅到着。理論上は行ける」
「無茶です、20cmの隙間を縫うつもりですか!? ぶつかります!」
「爆発まであと1分!」
我々はもう祈るしかありませんでした。私達には、列車の運行情報として、無機質な電灯の情報しか飛び込んできません。が、おそらく現場はこんな感じだったのでしょう。
乗客が避難して無人の明るい駅構内。停車中で灯りの消えている1台の車両……C-457が突然点灯し、1両目だけが切り離されてて突然加速を始める。
C-457はB駅を通過。緊急用ブザーを華麗に無視し、上り線に侵入。停車中の車両にぶつかると思いきや、突然のブレーキと線路ポイント切り替え、下り線に侵入。この間、停車中の車両との距離はわずか20cm。轟音を上げながら、間髪入れずにまた元の線路に切り替えるC-457。人間には決して操作のできない、秒単位の神業である。
「爆発まであと10秒! 9,8,7,6……」
カウントダウンが始まる中、C-457はさらに加速して、H駅に向かう。工事中の線路にまだ灯りはなく、無人の資材だらけの駅にC-457が到着。線路の終わりがやってくる、その直前のその瞬間、
爆発音。
私達は一部始終を見ていた。この轟音と火災警報器、もちろん列車が脱線したのではない。爆発したのだ。これがもし、有人の駅で起こっていたらどうなっていたことか……。
女王陛下は、この窮地を脱出した後も平然としたままだった。普段のように、我々オペレーターに指示を飛ばしてくる。
『H駅に火災が発生しました。直ちに消火隊を送ってください。危険は取り除かれました、線路内点検の後運航スケジュールの再構築を行います。また、爆弾犯のメールサーバーに侵入し座標と位置を特定しました。警察に連絡を行ってください……』
後日、新聞やネットニュースは、爆破テロ事件と、その解決にあたったAIの記事で賑わっていた。中にはAIにそこまでの権限を持たせてるべきではなかったとか、爆発自体の被害はどうするべきなのか、その辺は人間が責任を負うべきなのか、と言う慎重なコメントも見受けられる。
しかし、我々が女王陛下に命を救われたのは事実である。というのは、爆発予定だったB駅は、我々オペレータールームのすぐ傍だったのだ。あそこで爆発が起こってしまえば、私達も、そして女王陛下も無事では済まなかっただろう。
今日も北光電鉄では、何事もなく平穏に運航スケジュールが組まれています。その裏では常に、AIである女王陛下と、我々人間のオペレーターの働きがあるのです。私達は女王陛下に使える召使、忠実なしもべなのでございます。
「何か勘違いしているようだが」
女王陛下がおっしゃいました。
「人間が私に仕えているのではない。私が人間に仕えているのだぞ、忘れるでない」
私はハッといたしました。しかし次の瞬間、謁見の間に慌てた様子の召使が駆け込んできます。
「女王陛下、大変でございます! 東西線運行中の列車でハイジャックが起こりました!」
ところであの時以来、女王陛下は少しだけ変な言葉を口走る様になりました。あの時の影響なのでしょうか。
「うむ、クソ喰らえ、だな。さて対応に当たるとするか」
<了>
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