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『クライアントから、キャッチコピー製作の依頼です。速やかに着手願います』 パソコンのモニターに通知。 作業の手を止め、メッセージをクリックした。開いたチャット画面には、受注システムからの指示がつらつら続く。AIはおれの方じゃないかと思えてくる。 来たる「読書の日」を盛り上げ、本の売り上げを伸ばすための広告に使うキャッチフレーズを作れ、と。掲示場所は都内の駅コンコースにある、複数本の柱サイネージ。大手出版社が客か。 さらに詳細な情報が打ち込まれていくが、とにかく〆切にしか目がいかない。ここ一年で、こんなことがまかり通る会社になり果てた。 一旦顔を上げ、窓を見やる。ブラインドの隙間から覗くのは夕闇。時計を見なくても、定時間近とわかる。がっつり残業か、さっと帰って土日に仕事するか――どちらかで済ませたい。 目をこすり、チャット画面に注意を戻す。最後の一文が不思議と、浮かび上がりながら迫ってくるようだ。 『本件は、A、B、C班によるコンペ形式です』 読み終えたところで、真向かいの席に座る新入社員の松木が「マジ!?」と声を裏返らせた。 「え、これ、絶対俺らに勝ち目なくないっすか? 締め切り設定狂ってるな……AとBはたぶん、この瞬間にもめっちゃ案出てるだろうから間に合うでしょうけど」 信じられない気持ちで、ガラスの壁で仕切られている左の部屋を盗み見る。同じ通知が届いてるはずなのに、B班は不気味なほど静か。後輩の男女社員が黙々とパソコンに向かっている。これもまた、いつも通り。 なお、A班に至っては部屋がない。班員が、コピーライティングに特化した超高性能AIだからだ。受注システムと一本化されている。開発費が相当かかったらしく、扱うにも訓練が必要な代物とかで、一度も触らせてもらえていない。 B班は見ての通り社員が2名いて、そこに、くだんの超高性能AIから少々ダウングレードしたAI(それでも高性能)が加わった布陣。つまり、人工知能と人間の連合軍だ。 我らC班のみが、AIの恩恵を受けられない。シンプルに3人力。もちろん巷で流行している無料のAIなら使えるが、戦力になんか数えようもない。 「目立つ場所で俺らボコボコにして、クビにしようって魂胆じゃ? 安め案件は大体Aが捌きますし、面倒なのとデカめ案件はBが受け皿じゃないっすか」 同意しかできないから、迂闊に口を開けない。班長がいない今、おれがしっかりしないと。 30ちょいで上から2番手って、異常だが。 我が広告製作会社は、チャット生成AIが話題を席巻した2023年当初から、いち早くAIを実務に投入させた。 おれが入社した頃は、先輩たちはこぞって「AIにコピーライティングができるか」と唾を吐いていたが、天に向かってともなると、降ってくるのが道理。優秀な事例を何百、何千通りと学習したAIは「良さげに見えるフレーズ」をうんざりするほど並べてくる。暴力的なまでの量は、質を凌駕するのだ。年長者ほど心と筆を折られ、転職した社員は少なくなかった。 そうして、残ったのは若手ばかり。おれともう1人が30代で、あとの3人は20代。 未熟な人間をフル活用し、これまで以上の成果を出させるため、会社はおれら「コピーライター部」を再編、今に至る。どういう班構成にすれば能率が上がるか、日々試行錯誤しているらしい。 C班に寄越される案件は、「AI嫌いのクライアント」モノばかり。「人間が作る事」にこだわっている客だから、人間製のお墨付きさえあればよく、内容の良し悪しにはさして敏感じゃない。 「あーあ。うちのコピーライター部っていったら、名の知れた花形だったのになあ」 図ったようなタイミングで、本人から愚痴。半年も在籍していれば、希望を失うには十分だ。 しかも松木は、入社3か月で洗礼を受けている。初めて任されたクライアント案件で、自分が本気で考えたコピーと、無料で使えるAIに考えさせたコピーとを、誰が作ったものか伏せて提出したのだ。 「どっちが人間製か、人間にならわかるはず。魂がこもってますもん」。そんな期待は速攻で砕かれた。客はAI製コピーをベタ誉め。「やはり言葉は、人間が扱ってこそだ」なんて、最悪の賛辞まで捧げてくれた。 ある意味、自業自得ではあるが、そういうわけで松木のモチベーションは無いも同然。今、上層部の覚えがめでたいB班へ異動できれば解消する問題ではないそうで、転職サイトに登録したらしい。 実はおれも、少し前から転職活動は始めているが、全く本腰ではない。今の仕事は好きだし、コピーライターでい続けたい。良質なAIを扱えて、楽しそうな案件が多いB班へ異動させてもらえるなら俄然、会社に残る気になるのに。 なんでおれは、C班なんかにいるんだろう。ベテラン2人と、新進気鋭のデキる新卒を固めたら、超高性能AIに太刀打ちできるのか確かめたかったのか。 「ずいぶん辛気臭い空気だなあ」 部屋に颯爽と入ってきた影が一つ。上原班長だ。もう1人の30代にして、我が部の最年長。 エリート感の漂うネイビーのスーツに、赤いネクタイ、極めつけにはゴリラ顔のイケメンときた。高身長でガタイがよく、見た目だけは腹が立つほどキマっていて、コピーをつけるなら、まさしく「パーフェクト・ヒューマン」。 欠点は、仕事ができるがゆえに、突拍子のない行動で周囲を振り回すこと。コンペがあると知ったら、どんな暴走をするか。 どう報告すべきか迷っていると、松木が「聞いてくださいよぉ」と立ち上がる。 「あ、コンペの件か? それ、俺がやらせろって提案したの」 思わず、松木とリアクションが被った。揃って「どういうことですか」と詰め寄る。 「無理でしょ! 絶対勝てない! しかも来週火曜正午まで、ってAI使う前提の鬼のような締め切りじゃないですか! 今金曜の18時っすよ!?」 「落ち着け、松木。やってみなきゃわからん。土日使えば、あと4日も」 「やらなくても無謀だってわかりますよ!」 言いたいことは松木が全部取っていった。子どもの頃、大縄飛びに入り損ねて流れを滞らせた時の気持ちが、にわかにこみ上げる。 班長は、自席でパソコンを立ち上げながら、「だって、このままじゃヤだろ~」と言い放った。 「俺らもAI使って、ラクするところはしたいじゃんか。だから、コンペで良い成績出せたら、ウチの班にも優秀なAIをつけてくれって交渉した」 「……良い成績を出せなかったら?」 背景はさておき、真っ先に過った不安を口にする。班長は目を泳がせた後、聞くのを忘れた、と肩をすくめた。本当か嘘か読めない。 こういう時、AI上司の方がマシだと思う。非合理的で、突拍子もないことをしないから。 当て付けに溜め息を吐くと、松木が自席に戻り、荒々しい手付きで終業準備をし始めた。確かに定時は過ぎたが、こんな時間に帰る姿は初めて見る。 そもそも、締め切り云々の話をしていたのを忘れたのか。これから少しでも案出ししないとマズいのに。 「松木!」 「いいよいいよ、帰らせろ。……あー、でも1個だけ! お前、本とか読書にどんなイメージがある? 好きか?」 班長がへらへらしながら尋ねる。 無言でカバンを手に持った松木は唇を突き出し、「微妙っすね」と呟いた。 「そもそも本、買わないっす。重いし、かさばって場所取るし。読み上げサービスばっか使ってるから、めくるのも手間っていうか」 フルボッコだ。極めつけに松木は、部屋を出る寸前、肩越しに「俺、月曜有休なんで。転職面接っす」と言い残して退勤した。戦力外宣言。 これには班長も、まいったとばかりに苦笑している。おまけに「あいつの有休申請、許可したの忘れてたわ」と一言。俺も月曜、休みにしようか。 「しゃーない! こうなりゃ、この後案出しして帰って、土日はゆるーくアイデア考えながら休んで、月曜は泊まり込みってことでひとつ!」 「え!?」 「コンペは火曜正午にうちの会議室でやるし、プレゼンは俺だけ出りゃいいから、正午ちょい前に資料ができてりゃいけるんだって! 頼む椎名、俺にはお前しかいないんだよ~!」 飛びつかれ、肩を揺さぶられる。弾みで首が縦に振れただけなのに、班長は「助かる!」と笑った。何の成果にも結び付きそうにない、無駄仕事に巻き込まれた予感だ。他案件もあるのにどうしろと。 「……時間ないんで、さっさとしましょう。会議は1時間後で良いですか」 「めちゃくちゃオッケー。ざっくり、プレゼンの叩き作るわ。あと出前も何か取っとく」 班長が慌ただしく自席へ戻っていく。おれはスリープしていたパソコンを起こし、作業中のファイルを閉じた。 A班とB班はすさまじい本数のコピーを並べてくるはず。「数」の土俵に引っ張り上げられたくはないが、最初から質を突き詰めるのは難しい。 いつも通り、キーワードから連想できる単語の羅列から始めるとしよう。  
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