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壱
扉の先には真っ直ぐにのびる一本の道があり、両脇にはイカリソウの花が咲いている。
「この道は花夢路と呼ばれている。簡単に言えば死者が通る旅路だ。道の先には扉がある。ここから次の扉まで歩いて行くんだ。」
男が説明を済ませ、ふと疑問に思ったことを聞く。
「歩いていくのって時間かからない?」
「あぁ、それは大丈夫だ。歩いても走っても次の扉までは丸一日かかるようになってる。俺たちはあと四十八回扉を開けて歩くのを繰り返すんだ。だから花夢路を終えるのには四十九日かかる。」
なるほどと理解して歩き出す。
どちらにしろ四十九日かかるのなら歩いて気楽に旅をしたい。
イカリソウについて男に尋ねると、花夢路の側には必ず花が咲いており、扉を開けるたびに変わるとのことだ。さらに、人によって花の種も順番も違うらしい。
今回は船旅ではないが、最初を飾る花としては申し分ないだろう。
「ここはあの世とは違うんだよね。」
念のため男に聞いてみる。
「そうだ。ここはあの世とこの世の中間地点みたいな所だ。ただしあの世への一方通行だけどな。」
そう言って男は話を続ける。
「俺たち案内人は死者を無事にあの世まで案内するのが仕事だ。偶に、と言うかほぼ全員迷うからな。」
「道は一本しかないのに?」
ありえない。こんなに真っ直ぐなのに迷うことがあるのか。信じられない。
「あぁ、お前には道が一本に見えてるのか。」
「どういうこと?」
「この花夢路って道はな、死んだ時にどれくらい現世に未練を持っているかで形も数も変わるんだ。未練が多ければ多いほど道は複雑になる。お前みたいに未練がないやつは珍しいんだ。」
なるほど。それなら納得だ。私には未練なんてない。あるわけがないのだ。
「そっか。これも自分で選んだことだったし。やるべきことはやったと思ってたからかな。」
それに、旅立ちくらいは誰にも邪魔されたくなかったし、実際そんなことはなかった。それだけで満足だ。
結局、自分の意志100%でできることなんてこれくらいしかないと思う。異論は認めない。
「あなたは怒ったりしないの?」
「なんで怒るんだ?俺たちは否定も肯定もしない。お前が何歳だろうが、『命は大事に』なんてことは絶対に言わない。死者の意志を尊重するのも俺たちの役目だ。たとえそれがどんなに極悪だろうがな。」
黒猫が私もと同意するかのように一鳴きする。
「ありがとう。」
なんだかむず痒い気持ちだった。もう出ないはずの涙がこぼれ落ちそうだった。
「私の話、聞いてくれる?」
「おう!何でも聞くぞ。」
そう言って男は笑う。案外、旅って良いかもしれない。そう思い、歩みを進めた。
イカリソウ : 「旅立ち」
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