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沙代子はビニール袋を拾い上げて、力任せに机に置く。ぐしゃ、とさらにトレーが潰れる音が、狭いアパートの部屋に響いた。
「……だから、別れるの?」
沙代子は俯いたまま拳を握りしめる。
「だって、AIが……」
直人はTシャツの裾を弄りながら言い訳のように呟く。沙代子は冷蔵庫からビールを取り出すと、一気にあおった。
ぶはあ、と豪快な息と共に顔を上げ、沙代子は直人を睨みつける。
「AIが何よ! AIに言われたから、あんたは私と別れるってわけ!? 私、別れるなんて一言も言ってないじゃん! あのねえ……」
つかつかと大股で沙代子は直人に歩み寄った。たじろいだ直人が後退りする。
「わたしはねえ、あんたが好きだから付き合ってんのよ! その、ばかなところも、情けないところも、短気なところも、変に優しいところも! あんたは違うの!? あんたは、AIに言われたから別れるってくらい、私のことなんてどうでもいいの!?」
沙代子の頬が真っ赤になる。胸ぐらを掴んで、直人を自分の方へ引き寄せた。
「……んなわけねえだろ! 俺だって、す……好きだから付き合ってんだよ! でも、俺じゃ幸せに」
「AIの語る幸せなんか、クソ食らえじゃないの! 感情もないくせに、なーんで私の幸せが語れるのさ!」
沙代子は笑い飛ばす。ビール1本で相当酔っているようだ。そのまま直人の顔を引き寄せて、沙代子は彼の唇に口付けた。にがい、と呟いて直人が小さく笑う。
「俺でいいの?」
「直人がいいの。AIに私たちの幸せは決められたくないわ」
「結婚、してくれる?」
「ばか。仕事探してからにして」
沙代子は直人の首に手を回して、そっと抱きしめた。直人も沙代子を抱きしめる。
「さ、トンカツ食べよ」
沙代子は直人の手を取る。直人も笑って頷いた。
「あ、もうこのアプリはいらないや」
沙代子はポケットからスマホを取り出して、chat CPDを削除する。直人も真似して削除した。
CPDは、音もなくスマホから消えていった。
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