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娘の部屋から漏れる聞き覚えのある男の喘ぎ声。
旦那だった。
すぐに娘の部屋に入ると、一糸纏わぬ姿で、旦那が娘に乗りかかっている光景が目に入ってきた。
娘は涙を流しており、声にならない小さな嗚咽をあげている。
旦那は飛び上がるほど驚くと、しどろもどろに言い訳を始めた。
正直、衝撃が強すぎて何を言っていたのか覚えていない。
何があったのかを娘に聞くと、娘は涙を流して語り始めた。
最初は5年前だったらしい。
まだそんな知識もない娘に、旦那は“医療の勉強”と称してそういうことを始めた、と。
中学生になって、それがそういうことだと気づいてからは、取り返しのつかない気持ちになっていたと涙ながらに語った。
その晩、旦那を問い詰めた。
すると、さらに衝撃なことが明らかとなる。
娘の言っていたことは合っていた。
娘にそういうことをした理由は、私だった。
私に似ていた娘。
その娘に私を重ね、旦那が私と交際するまでの間を娘で取り戻したかったと。
意味がわからなかった。
何度か聞いたけど、理解の範囲を超えていて、何度も問い詰めた。
そしてやっとわかったのが、旦那は娘を学生時代の私と重ねて自分の欲望を吐き出していた、ということだった。
その後、旦那の部屋からはそういう行為に使う道具や器具が出てきた。
縛ったり叩いたりするような過激な道具から、何に使うのかも考えたくないような痛めつけるような器具や医療用の器具まで沢山。
そしてそのほとんどが使った形跡があり、微かに異様な臭いを放っていた。
私は頭がクラクラとしたが、すぐさま旦那を追い出し、娘を保護した。
娘は心に相当なダメージを受けていた。
警察に言うこともできたのだろうが、何より娘が実の父親にそんな仕打ちを受けたことを他人に知られるのは嫌だった。
だからこの件は娘のためにもうちの中だけで留めることにした。
離婚を決意するのは一瞬だった。
翌日すぐに離婚届を修介に突きつけたが、断られた。
子供はもちろん私が引き取るつもりだったが、修介は子供を引き取ると言い始め、その場では離婚届にサインをしなかった。
修介は弁護士も立てた。
あろうことか息子のみならず、娘もだ。
私達が娘のことを警察や然るべき機関に言わないのを逆手にとったのだ。
修介には養育するには十分な収入がある。医者という肩書もあらゆる面で有利に働く。
それを子供たちの将来と絡めて親権の問題を有利に進めようとしているのだろう。
私には味方が必要だ。
そこで私は両親にこのことを洗いざらい伝えた。両親は心配こそしてくれたものの、修介から生活費を仕送りしてもらっていた手前、あまりことを荒立てたくなさそうだった。
次に義両親にこのことを伝えた。
しかし私に返ってきた言葉は、さらに私を地獄へと叩き落とした。
「私もそうだったわよ?」
お義母さんから出た衝撃の一言。
何に対して“私もそうだった”と言っているのか、理解ができなかった。
そこで再確認のため、修介が自分の実の娘に手を出していたことを伝えたが、答えは同じだった。
この親にしてこの子あり、だった。
義母は何の後ろめたさも抱いていないかのように、当時のことを話し始めた。
小学生の時に修介を大人にしたこと。
中学、高校、大学も同じように体を捧げていたこと。
私は吐き気を催し、トイレへと駆けた。
内容物は何も出なかったが、吐き気は止まらなかった。透明の粘液のみが垂れ落ちる。
そして、隣に座る義父も何食わぬ顔でそのことを聞いていた。
この家族はおかしい。
私はトイレから戻ると、怪物から逃げるかのように修介の実家を出た。
息子には伝えよう。伝えて味方になってもらおう。
私は禁じ手であることは承知していながら、息子に娘のことを伝えた。
妹が父に犯されていた、などどれほどの精神的衝撃を与えるだろう。
しかし娘をあの悪魔から引き離すには、子供を味方につけて裁判で訴えてもらうしかない。
私は夜中、息子をリビングに呼び出し、娘のことを説明した。
“やっと気づいたのかよ”
息子は冷たい口調でそう呟いた。
私は突然の悪態に驚いてしまった。
息子が言うには、彼は妹が犯され始めたときから気づいていた。
息子は娘を救おうと何度も修介に立ち向かったが、暴力…特に医療器具を使った拷問に近いことを度々されていたそうだ。
そう言って息子は服を脱ぐと、衣服で隠れて見えなかったところに、手術痕のようなものや、注射痕、火傷痕、痛々しい傷が残っていた。
私は言葉を失った。
そこからの転落は止まらなかった。
「俺、高校を卒業したら仕事見つけて、美咲を連れて違うところで暮らすから」
「母さんも修介も頼らない」
「俺、あんたを母親と思ったことはない。今まで俺たちのことを一切見てなかったあんたには」
「見てないって……ずっとあなたたちのそばにいて世話をしてたでしょ…?」
「そばにいたのにこの痣や傷には気づいてなかった。俺は別に隠し通そうとしてたわけじゃない」
「あんたの前でも上の服は脱いだりしてただろ? でもあんたは気づいてなかった」
「あんたは自分のことしか頭になかった。自分がいかに大変か、自分がいかに子供思いか」
「あんたのブログ見たよ。名前は隠してたみたいだけど、すぐにあんただってわかった」
「自分のことばかり。俺たちのことが書かれていたって、“私はサポートをしてる”、“私は子供達のためにいい母親でいなきゃ”って締めくくってたな」
「しかも馬鹿みたいに学生時代からずっと続けてたおかげで、学生の時のあんたがいかに浅ましかったかもわかった」
「浅ましいって……何のことを…」
「俺は2人目だろ?」
その言葉に私は急に胸が苦しくなった。
「あの…あの子は……私も産みたかったの……」
「違う。そう言う意味じゃない」
「北川っておっさんの子供としては2人目だろ?」
目の前がチカチカして今目の前で息子が喋っていることが耳に入らない。
「俺が言ったのは、あんたが北川っておっさんとヤリまくって出来た子を、修介と付き合うために堕ろしたから、俺はあんたにとって2人目だろって意味じゃない」
「俺がその北川の2人目の子供なんだろ、って意味だ」
私は気づくと四つん這いになって吐いていた。
「あんたに感謝するのは、修介の子として俺を産まなかったことだけだ」
「修介が俺に教えてくれたよ。俺は北川っておっさんの子供だってな。DNA鑑定書も見せられた」
「だから俺は修介に痛めつけられてたんだよ」
「修介はいつも言ってた。北川があんたの初めてを奪った憎いやつだって」
「だからあいつは自分の子供の美咲を、あんたと重ねて犯してたんだよ」
嗚咽は止まらない。胃液がまだまだ込み上げてくる。
私の托卵は実の息子にバレていた。
付き合っていた当時、修介は真面目で面白みに欠けた。
セックスも優しすぎるほどで、大して気持ち良くもなかった。
そんなとき北川から連絡が来て、そこから学生時代に戻ったかのように盛った。
その結果孕んだのが、今目の前にいる息子、健介だ。
アリバイ工作も完璧で、血液型も北川と修介は一緒だったから問題なかった。
修介も気づいている様子は皆無だった。だからまさかバレているなんて夢にも思わなかった。
「修介はな、痛めつけて虫の息の俺の前で自分の娘を犯してた。あんたの名前と北川の名前を叫びながら」
「修介を殺してやろうかとも思ったけど、美咲がそれだけは止めてくれって言うから殺さないでおいた」
「俺がいなくなったら、あいつは1人になっちまうからな」
「こうなったら俺は美咲を連れて施設にいく」
「じゃあな。今まで子供達への虐待に気づかなかった、一番近くにいたお母さん」
健介が部屋へ戻った後も私の息は荒いままだった。
そしてどれくらい経ったのかは分からなかったが、健介が美咲の手を引いて家を出ていった。
それからの記憶は曖昧だった。
確か玄関で放心状態になっていた私を、病院を閉め自宅に戻った修介が見つけ、子供たちが出ていったことを知った。
修介は私を責め立てた。
どの口で私を責めることができるのか。健介と美咲に虐待をしていたくせに。
口論の後、修介は子供達を探しに出た。
結局施設にいるのを探し出し、修介は弁護士を使って美咲だけを取り戻しにかかった。
そして約一ヶ月後、離婚調停、親権の裁判で私は負けた。
息子への虐待は私のせいとなった。托卵や過去の不貞、それらが私への心証を悪くした上、修介側の弁護士の捏造した病院関係者の証言により直接的な証拠こそなかったが、状況証拠で私の虐待が認定されたのだ。
もちろん私は修介の暴行や虐待を訴えた。
しかし修介が懇意にする精神科医に手を回したことで、私は精神病を患っていることになった。
それにより警察にも届けたが精神病患者の戯言ということで、無碍にあしらわれた。
結果的に美咲は修介に引き取られ、健介は虐待による精神的トラウマを鑑みてそのまま施設に残ることとなった。
私は全てを失い、家を追い出され、実家に戻った。
私は、現実から逃れたくて薬に手を出した。
全てが嫌になったが、薬を入れている時だけは気分がましだった。
体を売ったり、詐欺の末端として犯罪に加担して、金を得た。
そしてまた薬を買って体に入れた。
薬のことは親にバレた。当然だ。
その後警察に通報され取り調べを受けた。
薬だけでなく、詐欺の件でも捜査され結果起訴された。私は実刑判決となって懲役にいくこととなった。
どこから…
どこからこんなことに…?
あの時、北川を選んでいればこんなことにはならなかった?
あのお婆さんが言っていた、この世で私を一番不幸にする運命の男は田嶋修介だった。
こんな地獄……
檻の中。
新聞紙を捲ると、ある事件が一面を飾っていた。
私はそれを見て、田嶋修介を選んだことによる地獄はまだ続いていくことを悟った。
それから刑務官の目を盗んで、服で首を括り、棚にひっかけた。
しかし、死へ向かう途中で刑務官に見つかり……
気づくと私は病院にいるようだった。
瞼は閉じたままだったが、周りの会話からそう判断できた。
瞼は上がらない。それどころか体も動かせなかった。
看護婦や医者の話し声から、私は自殺に失敗したが、脳に大きなダメージを負い植物状態となっていた。
これは神からの天罰なのか、医者たちの話では私の意識はないはずなのに、周りの声も聞こえれば、痛みも感じることができた。
全身が痛い。痛い。
激痛ではないけど、じわじわと、でも確実に鈍い痛みが全身を蝕んでいた。
けど、その痛みを伝えるための声も出なかった。
私はこの痛みとともにこれからも自分の意に反して生き続けなければならない。
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