デジタル・プロミス

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 転校は初めてだった。父さんの転勤が決まってからたった数ヶ月で、僕たちは全然知らない街に引っ越すことになってしまった。 「ケン、リク君たちと離れちゃうことになるね。寂しくさせてごめんね」  母さんも父さんもそう言ってくれたけど、僕は平気だった。もう一生会えなくなるわけじゃないんだから、一週間に一度くらい、みんなと会う日を決めて遊べばいいんだ。そう思ったし、最初の頃はそうした。見晴小学校のある街と引っ越してきた街は電車で数駅分の距離だったから、引っ越してから三回以上は、集まって遊んだ。小学校の校庭で、毎日の昼休みにできない分、ここぞとばかりにボールを蹴った。これからもずっと、そうやって遊べればいいやと思っていた。新しく通うことになった小学校のみんなは、見晴とは違っておとなしすぎる。話もなんだか合わない感じがして馴染めないけれど、こうやって毎週、見晴のみんなと遊べればいいや、と。  けれど、引っ越して数ヶ月、僕たちが小学六年生に上がってから、そうもいかなくなってきた。ダイとカイトが、塾に通い始めた。ダイは入りたい中学校の部活で活躍したいからと、野球のジュニアチームにまで入った。今から入っても遅すぎるって言ったのに。リクは相変わらず一緒に遊んでくれたけど、二人きりではボールの蹴り合いをしてもつまらない。そういうわけで、みんなで集まれる機会はどんどん減っていき、最近ではリクと会って、ちょっとおしゃべりして、持って行ったゲームで対戦して帰るということが続いている。 「ケン、最近どう? そっちでは友達できた?」  リクの部屋でコントローラーをガチャガチャ動かしている時に、リクはそんなことを尋ねてきた。テレビ画面の中で、僕の操作する女格闘家とリクの操作する相撲レスラーとが火花を散らす。 「全然。だって新しい学校の奴ら、面白くないんだもん。リクとダイとカイトみたいな面白い奴がいないんだ」  そう答えてから、これじゃ恥ずかしいかな、という思いが頭をよぎった。でも、これくらいしか返事が思いつかない。だって、そうなんだ。五年間も一緒の学校でつるんできた友達より面白いやつなんて、いるわけない。リクは「ふうん」と相槌を打ってから、ゲームに集中しているのか、しばらくは無言だった。でも僕の操作するキャラクターが圧勝して、コントローラーを放り投げ、カーペットにゴロリと寝転がって、聞いてきた。 「つまんない?」  ゲームが、じゃないだろう。僕は頷いて、言葉も付け加えた。 「つまんないよ」  リクはまた少し黙ってしまって、僕は困った。やっぱり、新しい学校でも楽しくやってるって言えばよかった。リクは人一倍、心配性なのに。  暫くしてから、リクは勢いよく身を起こして勉強机の引き出しからタブレットを取り出した。学校で配られて、授業でも使っているやつだ。 「おれさ、学校のプログラミングクラブに入ってるんだけど」 「初耳」 「今年から入ったからね。で、こないだAIを使ったチャットアプリを作ってみたんだ」  何それすごいじゃん、という僕の言葉に困ったように笑って、リクはタブレットでアプリを立ち上げた。何の変哲もない緑色のアイコンで、一瞬見えたアプリ名は「AIフレンド」。画面が切り替わって、普段からよく使っているメッセージアプリに瓜二つの画面が表示された。 「これアレじゃん」 「そ。まあいいじゃん、オリジナルのチャット画面をデザインするなんて俺にはまだできないよ」  確かにそうか。納得して、リクが文字を打つのを眺める。 「で、これ何に使うの? フレンドってどういうこと?」 「うん。今話題のAIあるじゃん。生成系ってやつ。文章を打ち込んだらそれに応じた回答をしてくれるってやつ」  そう言えば、ニュースキャスターや周りの人たちが、そんなことを言っていた気がする。僕はそういう方面にあまり興味がなくて、クラスメイトが宿題をやらせたとか言っていたのを思い出すくらいだ。 「アレって二次利用も可能なの。それでこの間、クラブでそれを使って何か作ろうぜって話になって……」  言いながら打ち込んでいたリクの指が止まった。画面には『こんにちは。今日の天気は何ですか』の文字。程なくして、返信が表示された。 『こんにちは。今日の天気は晴れです』 「うお、返事が返ってきた」  驚く僕に、リクは大真面目な顔で頷いた。 「そう、何か打ち込んだら返事が返ってくるんだ。でもそれだけだったら普通のチャットAIだからさ、俺はこれに人格を設定できるようにしたんだ」 「人格?」  リクにそんな難しそうなことができるとは思っていなかったから、僕はポカンとその顔を眺めた。 「そう。元のチャットAIでもできるんだけど、割と面倒なとこもあるから、俺はその設定フェイズを簡単に誰にでもできるようにしたの」  言葉の意味はいまいち理解できないけれど、多分、返信してくれるAIの性格なんかを、簡単に好きなように設定できるってことなんだろう。 「リク、すごいじゃん。お前、科学者になれるよ」 「いや、流石にこれくらいでそんなことは」  また困り顔で笑って、リクはそのタブレットを僕に差し出した。 「試しに触ってみてよ」 「いいの? よし、それじゃあ『初めまして。僕はケンです』と」  ワクワクしながら見ていると、画面に返信が表示された。『初めまして、ケンさん。私はフレンドです』。 「おー、これ面白いな!」 「そこのメニューで性格を変えられるから、好きにいじってみてよ。ケンが友達になりたいと思うような性格にさ」  言われて開いたメニュー画面には、ゲームキャラクターのパラメータのようなものがあった。 「明るさ・ユーモア・真面目さ……へえ、ここ動かしたらいいんだ。それじゃあ……」  僕は親友のことを思い浮かべながらパラメータをいじった。目の前にいる、リクの性格そっくりになるように。 「よし、できた。あ、名前も変えられるの」 「うん。設定していいよ。これは俺の試作版だから、後でリセットできるから」  その言葉に甘えて、僕はフレンドの名前を変えた。恥ずかしいから見られたくないなと思ったけど、幸いリクは画面を覗き込んだりはしなかった。 「よし、それじゃあさっきみたいに打ち込んでみて」 「うん。『初めまして。僕はケンです』……」 『初めましてなんて堅苦しいな、俺はリクだよ。ケンの友達』 「まじか! さっきと全然違う」  それに、本当のリクそっくりの答え方だ。ニヤニヤしてしまいそうになるのを抑えるのが大変だ。  リクはようやく、普通に笑った。 「だろ。『AIフレンド』はこうやって、いつでもどこでもおしゃべりのできる、本当に友達だと思えるようなAIアプリなんだよ」 「すげえ」  それから色々なことを打ち込んでみたけれど、AIフレンド『リク』はどんな質問にも自然に答えを返してくれた。面白くて時間を忘れてしまいそうだ。 「リク、これ本当に面白いな!」 「だろ」  リクはそこで、またちょっと黙った。言葉を探すように目を天井に向けて、数秒。それから、僕を見た。 「ケンのスマホにこれ、入れたらどうかと思って」 「え」  これを? 戸惑っていると、リクは言葉を続けた。 「さっき試作機だって言ったろ。いろんな人に使ってもらって、データを取りたいんだ。データって言ってもケンがフレンドとどんな会話をしたかとかのログは残らないし、ケンはただ、これを半年くらい使ってみるだけでいいんだ。で、その感想とかを教えてくれたら嬉しい」  そう言われると、別に悪いことはないか。僕は頷いて、自分のスマホをリクに渡した。ものの数分で、その中に『AIフレンド』が入って返ってきた。 「これは試供用だから、名前と性格は一度決めたら変更できないことだけ、さっきと違うから。あと、ひとつだけ制限があって……」
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