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エミーリアが荷物をまとめて出て行ったのは、翌日だった。
私に怪我をさせたことを後ろめたく思ったのか、逃げるように出て行ったみたいだった。
誰もいなくなった屋敷の屋根裏で目を覚ました私は、いつの間にか手当されていた腕をみて、目を細める。
「誰……?」
エミーリア以外には誰もいなかったはずの家で、誰かが手当てしてくれた。綺麗に巻かれた包帯を眺めながら、私は考えることをやめた。
昨日言われた屋敷を処分するという言葉が、ずっと頭から離れないから。
気力なんてなかった。それでも最後に思い出をかき集めたくて、フラフラと立ち上がれば、全部が温かく感じた。
「……お父様」
視界が歪んで何も見えなくなって、私はその場に蹲る。床にできた染みで、泣いていると分かっても、涙を止めることは出来ない。
私は涙で滲んだ視界のまま、屋敷の中を歩く。
お父様の部屋、みんなでご飯を食べたキッチン、たくさんの本が詰め込まれた書斎。どれもこれも大切な私の宝物であり、思い出たち。
どうして失わなければならないの! 全部、全部私のモノなのに。
アルバーノ家は私の家。叔母にもエミーリアにも奪う権利なんてないのに、と、どうすることもできない感情だけが渦巻く。
そんな涙の向こうに、セシルの姿を見つけ、私は慌てて外へと飛び出した。
「……お嬢様」
とても悲しい顔をしたセシルが、庭に立っていた。
「セシル、私……」
もう何もかも考えたくないと、私はセシルに飛びついた。
「お嬢様、ああ、お嬢様」
「家が、私の家が……」
「今朝エミーリアより解雇と言われました」
セシルは、エミーリアから屋敷を処分するから、好きなところへ行きなさいと言われたと話す。
「え……」
セシルがいなくなってしまう。そう思ったら、涙がまた溢れてきた。
「お嬢様の傍にいたかった」
ギュッと抱きしめて、セシルが声を震わせる。
フォリアの傍でずっと働いていたかったと、離れたくないとセシルの身体が震える。
「私もよ、セシルと離れたくない」
「ええ、お傍にいたいです」
それが叶わないと分かっていても、二人は離れたくないのだと強く抱き合う。
そんな二人に、一人の男が近づいていた。
「少しお話を聞いていただいても構いませんか?」
悲しみに暮れる二人に、優しく声を掛けた人物は、若くて背の高い男だった。
私とセシルは「誰?」と男を見ていたら、一枚の紙を手渡される。
「アルバーノ家の権利書になります」
そう言われて、私の顔から一気に血の気が引く。もう誰かに売ったっていうの?!
「どうぞ、拝見してください」
にこやかに微笑むその男は、私に権利書を手渡して、内容を確認するように促す。
見たくない、屋敷を購入した人の名前なんか、と、目を瞑ってしまったけど、これはもう決まったことだと、私はゆっくりと目を開いて、今度は大きく目を見開いた。
だって、そこに書かれていたのは、
『フォリア=アルバーノ』
の名前だったから。
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