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舞踏会開催の知らせがあってから、街中の女性たちがざわめき、衣装屋やアクセサリー屋はかつてない賑わいを見せており、街は一気に騒がしくなった。
もちろんそれはアルバーノ家でも同様で、毎日のように義妹がドレスの試着や髪形を試行錯誤していた。
「フォリア、早く次の衣装を持ってきなさい」
「義姉様、大事なドレスを床につけないでください!」
「もっと綺麗に片づけられないのっ、これじゃ、返せないわ」
何着も試着し、そのたびに私は脱ぎ捨てられるドレスを片付けさせられ、綺麗に箱に詰めては、新しいドレスを取り出す。
どうやら大量のドレスをどこかから借りてきたようだ。
気に入った物が見つかれば買い取るらしい。
「お母さま、やはりピンクの方がよいかしら?」
「エミーリア、周りの女性と重なってはダメよ」
「そうね、誰も着ていない色がいいわ」
そう、多くの女性が参加する中で、いかに目立って、王子の気を惹けるか、そこが重要なのだ。
色とりどりのドレスの中から、会場で一番目立つ色にしたいと、義妹は鏡の前で何度も衣装合わせをする。
ただの嫉妬になるかもしれないけど、義妹エミーリアは認めざる得ないほど綺麗なのだ。整った顔立ち、ブロンドの髪も透けるようにサラサラで、足も長く、肌も雪のように白い。美しい人と言われるのも無理はない。これで性格が良ければ、文句なしなんだけど。
そんな着せ替えを毎日手伝わされ、おまけに王族の方が家に来た時に、埃なんてあったら大変と、私に課せられる仕事は山のように増えた。
「義姉様! これじゃ馬車から降りられないじゃない!」
明け方まで降っていた雨で泥濘や水たまりが出来ており、ドレスの裾が汚れてしまうとエミーリアが馬車から叫び、私は何か敷く物を手に駆け付けたが、水たまりは思ったより大きく、とても持ってきた布では対処できず、
「申し訳ありません、ただいま別の物を」
頭を下げて、もっと大きくて丈夫な布を取りに戻ろうとしたのだけど、
「止まりなさい」
エミーリアが突然呼び止めた。
私は布を手にしたまま振り返り、エミーリアをみれば、笑っていた。
「そこにいい敷物があるじゃない」
「この布ではすぐに濡れてしまいます」
「義姉様が横たわればよいのでは?」
平然ととんでもないことを口にされ、私は大きく目を見開く。私を踏んで歩くと言われ、さすがにゾッとする。
微かに震える体を必死に抑えていたら、エミーリアが「早くしてちょうだい」と、苛立ちを露にする。
「……それは」
出来ないと言えたらどんなに良かっただろうか。
「あら、この家を追い出されたいのかしら?」
「いえ……」
「大事なドレスを汚したくないの、分かるでしょう」
私に拒否権なんてない。私はゆっくりと膝をつくと水たまりに覆いかぶさるように寝転ぶ。
「どうぞ、お渡りくださいは?」
泥水に顔までつけたのに、エミーリアはさらに要求してくる。悔しくて、悲しくて、どうすることもできない怒りだけが身体を駆け巡りながらも、私は奥歯を噛み締めてようやく口を開く。
「エミーリア、どうぞ私の上をお渡りください」
胸が張り裂けてしまうかと思った。
「まあ、なんてお優しいのかしら」
「……ぅ、く」
心にもない言葉を言いながら、エミーリアは私を踏みつけて歩く。背中が痛い、しかも圧し潰されて泥水に顔が埋まる。
「ゴホッ……っ、ッ」
息が苦しくなって咽れば、渡り切ったエミーリアが少しだけ腰を屈める。
「大丈夫ですか、義姉様、……くすっ」
「……っ、ゴホ、……」
「あらやだ、お顔が泥だらけですわ」
全身泥だらけになった私を見て、薄ら笑いを浮かべながらエミーリアは、顔を洗ってきたらいかが? なんて言いながら屋敷に入っていった。
(言われなくても、洗うわよっ)
口に入った砂や泥が気持ち悪く、私は急いで顔を洗いに向かった。
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