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せっかく家を残せると喜んだのに、どうしてルーカスは家を売ろうとなんかするのかと、私の目は零れ落ちるほど大きく開く。
宝物である思い出がまた壊される危機にさらされ、自然と涙が溢れてしまって。
「屋敷を売るわけではないんだ……。イルデの新居にしようとしてだな」
「……イルデさんって、ルーカス様の従者の方?」
「様は不要、ルーカスと呼んでくれ」
ルーカスは私に『様』付けで呼んで欲しくないとは言うけど、呼び捨てなんて……と、困った顔をしたら、「ルーでも構わない」とまで言い出した。
ラーハルドも『ルー』と呼んでいるなんて言われても……。
どうしよう、本当はルーがいいけど、それは偽名だったわけだし、目の前にいるのはルーカスであり、ラーハルド王子と同じ呼び方も少し引っかかる。
結局私は逆らうこともできず『ルーカス』と呼ぶことにした。
そして、話しは戻り、どういうことなのかと尋ねればルーカスは少し困った顔をしながら、びっくりするほど嬉しいことを教えてくれた。
「イルデがセシルと結婚するんだ」
「え、ええ――っ!」
あまりにも驚いて、うっかり大声をあげてしまった。
あのセシルが結婚?! しかもルーカスの従者って、何がどうなってるのって、私の頭の中はずっとパニックのまま。
「アルバーノ家の屋敷にセシル一人を住まわせるのは、少々危なくてな。イルデを送り込んだのだが、どうやら恋が芽生えてしまったようでな」
困ったものだと、ルーカスは自分の従者の不甲斐なさに少し落胆してみせれば、傍に仕えていたイルデが、深々と頭を下げる。
「不徳のいたすところ、大変申し訳ありません」
「責めてはいないが、イルデが私情を挟むとは考えなかっただけだ」
「異議はありません」
主君の命に私情を挟んでしまったことに、イルデは頭を下げたまま動かない。
なんだか可哀想になって、私は口を挟む。
「セシルはすごく素敵な女性よ」
セシルを妻に出来るなんて、なんて幸せ者なのって言えば、ルーカスはなぜかため息を。
「職場は隣国、離れ離れにしてしまうこともあろう」
「そ、そうだけど……」
「寂しい思いをさせたくないであろう」
ルーカスはイルデを解雇するわけにもいかず、かといって、オーフィリア国に残すわけにもいかないと肩を落とす。
セシルはきっと一人でいる時間が長くなる。それを考慮してのため息だ。
「大丈夫よ、セシルはそんなに弱くないわ」
好きな人が側にいなくても、絶対待っててくれる。セシルは強い女性だと言う。
でもイルデを時々は帰してあげて欲しいとも付け加えれば、ルーカスはチラッとイルデを見る。
「侍女をつける。それについて反論はあるか?」
「主君のご配慮、感謝いたします」
やはり屋敷に一人残すことは出来ないと、ルーカスは数名の侍女を配備すると告げた。
それを聞き、私はほっとするとともに、アルバーノ家に新しい風が舞い込むと思ったら、なんだか嬉しくなった。
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