第05話

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せっかく家を残せると喜んだのに、どうしてルーカスは家を売ろうとなんかするのかと、私の目は零れ落ちるほど大きく開く。 宝物である思い出がまた壊される危機にさらされ、自然と涙が溢れてしまって。 「屋敷を売るわけではないんだ……。イルデの新居にしようとしてだな」 「……イルデさんって、ルーカス様の従者の方?」 「様は不要、ルーカスと呼んでくれ」 ルーカスは私に『様』付けで呼んで欲しくないとは言うけど、呼び捨てなんて……と、困った顔をしたら、「ルーでも構わない」とまで言い出した。 ラーハルドも『ルー』と呼んでいるなんて言われても……。 どうしよう、本当はルーがいいけど、それは偽名だったわけだし、目の前にいるのはルーカスであり、ラーハルド王子と同じ呼び方も少し引っかかる。 結局私は逆らうこともできず『ルーカス』と呼ぶことにした。 そして、話しは戻り、どういうことなのかと尋ねればルーカスは少し困った顔をしながら、びっくりするほど嬉しいことを教えてくれた。 「イルデがセシルと結婚するんだ」 「え、ええ――っ!」 あまりにも驚いて、うっかり大声をあげてしまった。 あのセシルが結婚?! しかもルーカスの従者って、何がどうなってるのって、私の頭の中はずっとパニックのまま。 「アルバーノ家の屋敷にセシル一人を住まわせるのは、少々危なくてな。イルデを送り込んだのだが、どうやら恋が芽生えてしまったようでな」 困ったものだと、ルーカスは自分の従者の不甲斐なさに少し落胆してみせれば、傍に仕えていたイルデが、深々と頭を下げる。 「不徳のいたすところ、大変申し訳ありません」 「責めてはいないが、イルデが私情を挟むとは考えなかっただけだ」 「異議はありません」 主君の命に私情を挟んでしまったことに、イルデは頭を下げたまま動かない。 なんだか可哀想になって、私は口を挟む。 「セシルはすごく素敵な女性よ」 セシルを妻に出来るなんて、なんて幸せ者なのって言えば、ルーカスはなぜかため息を。 「職場は隣国、離れ離れにしてしまうこともあろう」 「そ、そうだけど……」 「寂しい思いをさせたくないであろう」 ルーカスはイルデを解雇するわけにもいかず、かといって、オーフィリア国に残すわけにもいかないと肩を落とす。 セシルはきっと一人でいる時間が長くなる。それを考慮してのため息だ。 「大丈夫よ、セシルはそんなに弱くないわ」 好きな人が側にいなくても、絶対待っててくれる。セシルは強い女性だと言う。 でもイルデを時々は帰してあげて欲しいとも付け加えれば、ルーカスはチラッとイルデを見る。 「侍女をつける。それについて反論はあるか?」 「主君のご配慮、感謝いたします」 やはり屋敷に一人残すことは出来ないと、ルーカスは数名の侍女を配備すると告げた。 それを聞き、私はほっとするとともに、アルバーノ家に新しい風が舞い込むと思ったら、なんだか嬉しくなった。
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