布を隔てて

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布を隔てて

 私はカウンセラーの仕事をしていた。  というのも、少し前までは、スクールカウンセラーとして働いていたが、その学校が廃校となってしまったため、私は職を失ってしまっていたのだ。なので現在は無職である。  その事を知った友人が、是非カウンセラーとして住み込みで働きに来て欲しいと、声をかけてくれた。  求職中であった私は、友人の紹介でもあったので、喜んでその声かけに飛びついた。  声をかけてくれた友人は、研究員であった。  早速、指定された場所に足を運ぶと、大きな白いビルが現れた。その場所は緑が生い茂る自然豊かな、森林であったので、人工物であるその建物は、とても異質に見える。  私はその異様さに目を奪われていると、その間に友人が出てきて、私をその建物内に案内してくれた。  「香澄はカウンセラーの仕事をしていたし、普段から話し上手だから、是非この仕事を任せたいと思ってたんだ」  友人が真っ白い廊下の壁に、無数に取り付けられた白いドアを開けながらそう言った。  私は「そんなことないよ」と照れながらも謙遜し中に入ると、真っ白い部屋の真ん中に二つ椅子が並べられていて、一つには真っ白いワンピースを着た女性が既に座っていた。  私はその女性を見てたじろいだ。  なぜなら、その女性の頭には真っ白い布が被せられていたからだ。  私が出入り口で、中に入ることをためらっていると、友人が「あぁ」と言って布を雑に引っ張った。  私は布の下から出てきた顔を見て、更に顔をしかめた。  なぜならそこに、私の顔があったからだ。  「昨日、香澄の顔をこのAI搭載ロボットにインプットさせたんだ。だから、今は香澄の顔だけど実験終了後はもちろん、香澄の顔情報は削除するよ」 「ちょ…ちょっと待ってよ、どういうこと?」 「ごめん、説明した後に見せるべきだったね。今、僕が実験しているのはAI搭載の人型ロボットを学習させて、知らない第三者を呼んでどれだけ本人と近付けさせる事ができるかって実験なんだ」 「…ってことは、このロボットは私になるってこと…?」 「私になるっていうか、思考を同じにさせられるかってことだね」 「ちょっと…私、こんなの聞いてないよ」 「…ごめん。断られるかもって思って、騙して呼んだところもある。でも、その分給料も良いし、社宅代も貰う気はないし。香澄の美味しいところも、少なくないかなって」  私は揺れた。実際のところ、一人暮らしで困窮していたのだ。今までコツコツと貯めてきていた貯金も、職を失ってからは切り崩すのみで、家賃を払うだけでもかなり痛手であった。  私は弱味に漬け込まれた気持ちになって、友人の顔を見た。友人は悪気も無さそうに、こちらを見ていた。むしろ、引き受けてくれると分かっていて、了承の返事を期待する眩しい顔をしていたほどだ。  私はプラスの方がかなりでかく、むしろ私の顔情報などは消してくれると言うのだし、マイナス点は無いのではないか?という思考に至り、気付いたときにはコクリと縦に頷いていた。  こうして、AIとの生活が始まったのである。  対面に座り、私は自分の名前をロボットに向けて呼んだ。  友人の言うことでは、最終実験として、私の友人を一人呼びロボットだとバレなければ成功。晴れて実験は終了、とのことだった。  なので、このロボット自身が「香澄」であると学習する必要性があるといわけだ。  自分の名前を、自分と同じ容姿に呼びかけるのは中々落ち着かない気持ちではあったが、了承してしまった以上、やらないわけにはいかない。むしろ、早く学習を終了させて私を消去してもらおうと私は考えていた。 「香澄、香澄!」  ロボットは名前を呼んでも中々目を覚まさない。壊れているのだろうか?  私は何度も大きな声で名前を呼び、恐る恐るロボットの肩に触れた。ロボット、と思っていたのだが、その露出した肩には人のような温もりが有り、私は気味悪く感じて素早く手を引っ込めてしまった。  すると、ロボットが閉じていた目をゆっくりと開いて、私を見た。 「あなたは…」 「あ…私は香澄。あなたとお話しに来たの」 「あ…お話しは聞いてます」  私は思っていたロボットの反応と異なって、肩透かしを食らってしまった。 「あ、えっと…」 「あ…あなたの、話をお聞きしても良いですか?」  私がどうしようと、アタフタしているとロボットの方から話かけてきた。  私は驚きながらも、カウンセラーとして働いてきた話をした。ロボットは、私の話を楽しそうに頷きながら話を聞いていた。  三日が経過した。ここでの生活はかなり快適であった。研究所、ということもあって風呂場も洗面所もどこも清潔だ。ただ、清潔すぎてどこもかしこも真っ白い、というのだけが欠点であると思われた。  ロボットとの生活も想像してたより全く嫌な点は無かった。カウンセラーの仕事をしていた時とは異なり、私が話をする立場であるというだけで、ロボットは好意的であるし、思い出を一つ一つその時の感情と共にロボットに伝えるのは、むしろ楽しいと感じられた。  四日目、カウンセラーの仕事をしていた二年間ほどを話し終え、廃校とともに職を失い、お金に悩む日々と、そしてここに来た経緯を全て話し終えた。  話し終え、どうしようかと考えていると急に大きな機械の声が轟いた。  「インプット終了。インプット終了。全てのシステムを終了します。」  何、今のは?そう声に出そうとしたが、口が動かなかった。  私は何が起きているのか分からなくなり、立ち上がろうとしたが、体に力が入らない。  ドアが開く音がした。コツコツと誰かが近寄ってくる足音が、私へと響いてくる。  友人が私の視界に入り込んできた。私の顔に向かって手のひらを何度も上下させている。  「無事、体の動作システムは落ちたみたいだね」  動作システムが落ちた?何?どういうこと?  「ありがとうございます、先生。まるで私が体験しているようで、来月から安心して生活に溶け込めそうです」 「良かったよ。香澄さんが事故に遭われて、目を覚まさない間、この代理AIロボットがちゃんと活動してくれて」 「ええ、本当になんとお礼を言ったら良いか…」 「いえいえ、むしろこのような形でしか記憶を共有する術がまだ完成しておらず、申し訳ございません」  私が…代理AIロボット?何言ってるの?私は人間でしょ?  私の心の訴えが聞こえたのか、友人がこちらに視線を向けた。  「おや…まだ何か考えているようだな…きっと、自分がロボットだと受け入れられていないんだろう」  当たり前よ!だって私、ロボットじゃないもの!だって、あなただって研究だと…  「…代理AIロボットは、自分自身が人間だと思い込む必要がある。周りには、代理AIロボットだと気付かれないためにね。だから、今回も人間としてここに呼んだ。それだけのことだよ」  そ、そんな…そんな馬鹿な… 「あ、あと…廃校にはなってないよ。香澄さんは今、休職中となっている。香澄さんが目を覚ました時点で、ロボットは用済みだからね」  私は信じない!私は、私は…  薄れ行く意識の中、友人が私に白い布をかけた。
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