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「これからも、元気で、できれば幸せにな。何があっても、しぶとく生きろよ」
「ゴ○ブリにするみたいなリクエストだな、親父」
酔っぱらいの戯れ言と思われているなら、それはそれで良い。
危ないよ、と息子が制止するのが耳に入らないふりをして、私は柵をくぐりました。
火口ぎりぎりに近より、淵を覗き込みます。
くらくよどんだ水底には今も、熱い溶岩がうねっています。
「母さんの目は、この火口みたいだったよ」
言い終わる前に、身体がぐらりと傾きました。
妹が私を、引きずろうとしているのです。
彼女の世界に。
作り物めいた静かな笑みの底に、どうしようもないなにかが渦巻く深淵に。
「父さん! 」
息子が叫んだときには、私はもう、まっさかさまに火口に落ちていました。
「父さん! どこかつかまれ! 助けを呼ぶから! 」
息子の怒鳴り声を聞きながら、私はそっと謝りました。
ごめんな。
愛していたのに、愛しているのに。
生きていても死ぬときも、傷つけずにはいられなかった、私にとっての運命のふたり。
―― どんなに謝っても、許さないから。
妹の白いつめたい腕が首に絡みつきます。
―― 裏切り者
―― 苦しんで苦しんで苦しんで最後まで苦しみ続けて
ああそうか、妹よ、おまえはずっと苦しかったのか。
意識を失う寸前、最後に私の耳に届いたのは、それは嬉しそうな声でした。
―― これでやっと、ふたり。
(了)
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