そばにいてくれるだけで

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そばにいてくれるだけで

隆太からの誕生日プレゼント。 猫型ロボットのニャアをもらった。 『離れていてもニャアを見て僕を思い出して』と言われて。 隆太は転勤で東京に行く。遠距離恋愛なんてはじめてで勝手がわからない。 でもニャアをくれたから。 寂しくても我慢するね。 *** ニャアには『AI機能』が搭載されている。らしい。猫型で、人工知能? かしこいってこと?かな。  でもねえ。 ニャアを見つめて思う。 もふもふした毛が心を癒してくれるわけでもなく。(からだはつるつる。金属そのもの) ニャアと鳴いてカリカリしながらカリカリをもぐもぐする姿を見せてくれるわけでもなく。(食べものは食べない。充電式) キャットタワーよろしくチェストやテーブルによじ登ってしなやかな動きをみせてくれるわけでもなく。(動きはかたい。遊園地にある背中に乗れる動物型遊具を思い出してほしい) ニャアはただ、床でお掃除ロボットのようにうろうろしているだけなのだ。 でも、そばにいつもいてくれるから、隆太がいなくてもすごく寂しいとは思わない。 そりゃあ、隆太がいてくれたらもっと寂しくなんかないだろうけど。 でもこれほんとに、どんなすごい機能がついているんだろう。ニャアを見ていてもピンとこない。 紙の説明書は隆太が持っていった。 セッティングもすべて隆太がやってくれたから全く機能がわからない。 ネットで見ればわかるよ、と言ってくれたけど特に困っているわけでもない。 ネットの説明書は読んだことはない。 *** 今日もニャアは起こしにくる。 一人暮らしの部屋のカーテンの端をニャアが咥え、さあっと引いて開けてくれる。 まぶしい光。 朝の光。 ニャアが『ニャア』と鳴いた。 「おはよう、ニャア」 「ニャアニャアニャーア」 その答えかたが「亜里砂ー」と言っているよう。 隆太の言い方そのものに聞こえる。 うちに泊まった翌朝はそうやって起こしてくれたんだ。 隆太がふわりと抱きしめてくれているような気がする。 うん。寂しくない。 *** 「亜里砂、遠距離一ヶ月ね。どう?」 「ん? どう? とは?」 「寂しいんじゃない?」 「それがその……さびしくない」 会社の同僚がかけてくれた言葉に、少し戸惑う。 隆太からは毎日メッセージがくるし、電話もある。 会えないだけで。 手をつなげないだけで。 一人でご飯を食べているときとか、お風呂上がりとか。 一人って寂しいかも、と思う瞬間に、ニャアがニャアニャアと鳴いて近寄ってくるから寂しくない。 寂しくない、という事実に驚いているくらい。 *** 「亜里砂、顔色悪い?」 「え」 テレビ電話で顔を見せたと同時に隆太が言ったときはびっくりした。 最近暑さで食欲がなくてどうにも疲れやすい。そんなに顔にでているのか。 それはいけない。社会人としてそれはいけない。 「暑くて食欲がないの……よくわかったね、スマホの画面だとこっちからみた隆太はぼやけてるんだけど」 「亜里砂をしっかりみてるからね」 調子の悪い顔を見られるのはちょっと恥ずかしい。 黙り込んでいるとニャアが近寄ってきた。ふくらはぎに、くい、と体を押しつけてくる。 それをそっと抱き上げて隆太に見せてみる。 「ニャアが心配してくれちゃった」 「そりゃそうだよニャアは僕だからね」 「え?」 「僕と同じように亜里砂を好きなんだよ」 「もう……ありがと」 隆太は笑顔になった。隆太にも心配をかけてはいけないな、と思う。 しっかり食べよう。食べられるときは。 そうだ、隆太が夏バテ予防だとか健康のためだとか言って、食欲の出るレシピを書き出してくれたんだった。実践していなかったけれど、なるべく料理、してみよう。 そう。ニャアががんばれって言ってくれる気がするし。腕の中のニャアを見つめてふふっと笑う。 あ、そうだ。 「ところで、ニャアの『AI機能』ってなに?」 気になっていたことをふっと口にしてみた。 すると隆太はさらりと答えてくれた。 「ああ、遠隔の目と耳だよ。あと、ニャアは学習するからね、亜里砂のために考えて動くことができる」 「えんかくのめ? みみ? がくしゅう?」 思わず首をかしげてオウム返しに言葉を続ける。 隆太は笑顔を崩さない。 「亜里砂の生活はすべて見えているよ。ニャアは僕の目だから。嬉しいでしょ? ずっと一緒」 「すべて」 「そう、すべて。もちろん声もきこえているよ。寂しそうにしてたらちゃんとすり寄っていくでしょ? そうすると亜里砂が喜ぶって学習してるんだよ。寝起きも食事もお風呂も、そうそうお風呂上がりはクーラーにあたりすぎたらだめだよ。風邪引くよ。ごはんも僕がレシピ書いたもの、料理してないでしょ? ちゃんと食べてよ。亜里砂の体はいつか赤ちゃんを産む体なんだから。食べたものが亜里砂をつくるんだよ」 「……」 隆太は少し怒った顔で、でも真剣な顔でそんなことを訴えてくる。 混乱する。 えっとえっと、つまるところ、えっと。 全部丸見えになってるってこと? そのとき。 「ニャア」 ニャアが『ニャア』と鳴いた。 その光る目を見てはっとする。 目の中に、隆太がいる気がして思わずそらす。 えっとえっと。 ニャアが腕の中からこちらをじっと見ているのがわかる。 でもその目を見返すことが、できなくて。 手のひらでニャアの目を隠した。 「亜里砂」 スマホの画面から諭すような声が聞こえる。 「亜里砂、隠したら、だめだよ?」 画面の隆太が優しく声をかけてくる。 優しく。 やさしく。 *** ニャアをとりあえずクローゼットのチェストに閉じ込めた。 出てきてしまうかもしれないけれど。 とりあえず、なんとなく、いつも見られているのは怖い。 気がした。 「ニャア」 「わっ!!」 びっくりして声が出た。 閉じ込めたはずのニャアの声が足下から聞こえたのだ。簡単に飛び出せたのか。 ニャアが足をなめてくる。金属の感触。それは隆太の感触。 学習された、うごき。 「ニャアニャアニャーア」 『亜里砂ー』 ニャアの声に隆太の声が重なった。 スマホが鳴る。 隆太の名前が画面に出ている。 にゃあにゃあにゃーあ にゃあにゃあにゃーあ にゃあにゃあにゃーあ スマホが鳴り続ける。 *** こわい、と思った猫型ロボットのニャアだったけれど。 隆太の感触を感じなくて寂しいといえば寂しいけれど。 でもいつも隆太が見守っていてくれるならそれでもいいかって思えてきた。 ふれあえなくてもいいなんて。 恋人としてキスも抱き合うこともなくていいかもなんて。 頭が随分おかしくなっているかもしれない。 きっと全部暑さのせいだ。 新しい猫型ロボットはアリサと名付けた。 遠距離の隆太の家で飼ってもらうために手に入れた。 目と耳の機能をもった『アリサ』。 もちろん私と同じ名前に決めた。 離れていても一緒にいるみたいでしょ? 隆太に猫型ロボット一台を『アリサ』として飼ってもらってこちらから見守る。 キスもしないし、抱きしめてもあげられないけれど。 『アリサ』が見守っていれば一人でも寂しくないんでしょ? 一人の時間はロボットの目を隠してしまえば作れるわけだし。 目を隠すことについては隆太にも了承をえた。渋々だけれど。 時々は一人になりたくなるの。わかる? 離れていれば嫌なこともされないし、言われないし、面倒もない。 案外離れて暮らす方が楽しい。生活リズムを変える必要もないし。 *** ニャアを介した『全て見られている状態の』遠距離恋愛について受け入れると今度は隆太が慌てたように急に結婚を申し込んできた。離れていても平気そうであっさりしている私の態度を不安に思ったのかもしれない。 もし転勤が決まったときだったら、結婚を喜んで、東京へついて行ったかもしれないけれど。 離れて見守る、を最初に選んだのは隆太のほうだからね、と釘をさしておく。 結婚自体はうけてあげてもいいけれど、とあくまで私が主体とほのめかす。 私だって仕事は続けたい。一人の時間がらくになってきた。 隆太がそばにいなくても、ニャアの目が見守っていてくれれば十分と思い始めている自分がいる。 遠距離恋愛をこのまま続けよう。婚姻届はだすけれど、そうしたら遠距離結婚になるだけ。 こういう遠距離結婚が世の中にもっと広まればいいのに。 自分を変える必要は何もない、とても気楽な結婚。 あ、そのかわり出生率はさらに下がると思うけれど。 赤ちゃんのできやすい体になる、とか。健康重視とか。 そんな隆太の書いてくれたレシピをキッチンの引き出しにそっとしまう。 面倒なことは言われたくない。 お酒だって飲みたいし。 ニャアが足下で『ニャア』と鳴いた。 抱き上げてぎゅっとする。 金属がひんやりとして気持ちいい。 「ニャーアー」 腕の中で一鳴きすると、ニャアは心地よさげに目を閉じた。
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