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第42話(最終話)
迷いに迷うエセルの耳元に低く囁きながら、和音は細い躰を抱く腕に力を込めた。
「一緒に戦わせてくれねぇのか? お前にとって俺はもう必要ねぇのか?」
「僕は……僕は、どうあろうと和音には生きていて欲しいから」
「なら簡単じゃねぇか。俺はお前を護るから、お前は俺を護れ。今日、お前の目が俺を護り、俺の腕がお前を護ったようにな。何にしろこれだけは言える、傍にいないと護れないぜ?」
「傍にいて、護る……?」
力強く頷いた和音はエセルを思い切り抱き締めると腕を緩め、切れ長の目に微笑みを浮かべた。そうして片手で長くさらさらの明るい金髪のしっぽをすくい上げると、別れたあのときのように毛先にキスをする。
二度と独りで戦わせない、傍にいて護るという誓いのキスを。
泣き濡れた目を瞠ってエセルが僅かに声を震わせる。
「ホントに、本当に僕が和音のバディになってもいいの?」
「拙いことなんかひとつもねぇだろ、割り箸じゃねぇが俺たちは二人で一組なんだからさ」
ドアに向かいかけていたエセルは和音の手に引かれ、まるで力尽きたようにソファに腰を落とした。嗚咽が止まらずに、煙草を吸う和音の肩に凭れてしゃくり上げる。
やがて冷めたコーヒーと一緒に喉に詰まった熱いものを呑み込み、エセルは感情を昂ぶらせた後の虚脱感そのままといった風な声で呟いた。
「和音のバディなんて夢みたい」
「但し仕事は『特命』だぞ。ご褒美っつーより罰ゲームを覚悟しておかねぇとな」
シニカルな言い方をして和音は再び微笑んでみせる。エセルは降ってきた幸せがにわかに信じられないようで白い頬に伝う涙を止められない。そんなエセルを和音は両腕でしっかりと抱き締めた。
制服の胸で荒っぽくエセルの涙を拭くと、華奢な躰をソファに押し倒す。
「エセル……エセル、本当によく生きて……俺のエセル!」
「んっ、和音……会いたかったよ、和音!」
殆ど夢見心地の二人は互いにもっと確かなものを得たくて深いキスを交わし、一ヶ月分の想いを溜めた躰をまさぐり合った。エセルは懐かしい煙草の匂いにうっとりする。そうして夢中で互いを手繰り寄せ合う間に、和音は自分とエセルのボタンを外して素肌同士を擦りつけ合っていた。
滑らかな肌がしっとりと馴染み、あっという間に躰が熱くなってゆく。
「くっ……エセル、ずっと、ずっと欲しかった!」
「和音、僕もアナタが……ああん!」
華奢な首筋にキスを落としては吸い上げ、和音は幾つも自分の証しを刻み込んだ。悦びに白い喉を仰け反らせたエセルは妖しいまでの美しさで、酔ったように和音は何も考えられなくなる。下半身を擦り合わせ、エセルの上体をかき抱いて胸の小さな尖りを舐めねぶった。
銀の髪留めを外し、さらさらの長く明るい金髪に指を通して感触にまた酔う。
「俺、マジで寝ても醒めても、忘れられなくて……エセル!」
「僕だって、忘れたことなんか、なかった――」
互いに激しく腰を揺らし合った。強く擦れてエセルは思わず甘く高く鳴こうとしたものの、そこでふいに我に返って目に理知の光を取り戻す。今後は防弾にするらしいが、今はまだ割れたままの窓から吹き込む寒風に躰と頭を冷やされて、ここが何処かを思い出したのだ。
力で敵わないのを知りつつ、慌てて和音を押し返しながらエセルは声を上げる。
「ちょ、こんな所で、だめ、和音……ストーップ!」
「何でだめなんだよ、鍵も掛けてあるぜ?」
「だめなものはだめです」
「どうしてだよ。お前も俺も、もうこんなになってるんだぞ?」
「だって……ここじゃ声も出せないじゃない。思い切り鳴かせてくれないの?」
「そうか、そうだな。声が嗄れてお前が音を上げるまで、だったよな?」
笑ってみせた切れ長の目は酷く色っぽくて、今更ながらエセルは鼓動が高鳴るのを感じた。正視していると再び誘惑に負けてしまいそうでアメジストの瞳を泳がせながら口にする。
「じゃあ、さっさと着替えてきてよね。早く帰って……しよ?」
頷いて立ち上がった和音はロッカールームで私服に着替え始めた。そうしながら左手首にきつく縛ってある革紐をどうやってエセルに見られず処分しようかと考えを巡らせる。
一方のエセルも見事に脱がされてしまった衣服を身に着けた。気付けばベルトまで完全に外されていて、油断ならないテクニックに感服しながら身繕いを終える。
そうしてロウテーブルに置かれていた銀の髪留めを手にした。
この宝物のお蔭で一ヶ月間戦い抜くことができたのだと改めて思い、そっと口づける。自分は決して独りじゃなかった。ずっと和音が一緒に戦ってくれていると思えたからこそ、自分は本物の和音の許に戻ってこられたのだ――。
微笑みを洩らしながら長い髪をまとめてカチンと留める。
命を狙われる身で手放せなかった愛銃ベレッタと、この髪留めのたったふたつだけしか持ち出すことはできなかった。
だがじつを云えば第三SIT配属と共に春野本部長から提示されている書類上の住所は本当に和音のアパートの隣室である。何も困ることはなかった。
了
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