AI仇討ち事変

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私は一週間後、ある男に復讐をする。その為に会社も辞めた。 「本当にいま辞めちゃっていいの。こんな時期じゃあ、次の仕事を見つけるのも難しいわよ」  1LDKの小さなアパートの一室で、私は小さなテーブルに乗っているノートパソコンの前で頭を何度も下げた。当然、パソコンに謝っている訳ではない。 「わかっています。100年前のウイルスの再流行で、簡単に外食も出来なくなっちゃって」  画面に映っている、壮年の女性は私の元上司だった。彼女には本当に世話になった。 「そうよ。あんたの送迎会できなくなっちゃって。わたし、久しぶりにビール飲みたくてウズウズしてたのにっ」 「はい」  覇気のない元部下の返事に、彼女はむず痒そうだった。 「本当に、何の冗談よ。会社で何かされたの。それとも、ご両親のどなたか……」  私の顔色が僅かに曇ったのか、カメラで通話している彼女の顔も同じような表情になった。この人はいつも勘が良すぎる。彼女のように有能な人間になれたらと、何度思ったことか。  動揺を悟られまいと、私は言い訳を紡ごうとした。  その時部屋に呑気に響く、インターホンの間延びした音。 「今までお世話になりました」  もう時間だ。  お元気で、とあえて素っ気なく彼女に投げかけた。パソコンを閉じ、あの人の引き留める声を振り払う。  殺風景な部屋から出て、私は扉の覗き穴から配達員の姿を確認した。真夏なのに長袖の服をきっちりと着込んでいる。 「お届けに上がりました。サインをお願いします」  配達員が見せた電子板に、渡されたペンを受け取って名前を書く。「オオタ マキ」と書くと小包とペンを交換した。配達員が会釈し、姿が見えなくなるまで背中を見送る。  箱は腕を広げて持たないといけないが、重さはない。ラベルには、「組み立て式アンドロイドAI セール品」と記載されている。セールは、余計だ。安物しか買えないと思われたら困る。実際そうなのだが。 「案外軽いな」  誰に言うでもなく私は呟き、扉を閉めて薄暗い廊下を渡って部屋に戻った。  この箱の中身は、私の暗殺計画の相棒が詰まっている。  早速、組み立てに取り掛かろう。私は机を部屋の隅に運び、カッターで段ボールの接着面を切った。中から出てきたのはプラスチックの部品。顔と、腕と、胴体と足、それに手。鳥の巣のような紙の緩衝材に包まれ、よく無事にこの家まで辿り着いたものだ。  私は黙々と作業を続けた。人の形を最初に創造した奴は、よっぽど頭が良いんだなと感心しながら、汗水たらして五時間。箱には想定時間二時間と書かれていたが、私は情けないことにこういう作業が苦手だ。だから、相棒が必要なのだ。  やっと私よりも十センチ大きなヒト型の模型が出来、その姿を観察した。表皮はなく、アルミニウムの木偶人形のような、目も口もない模型。  最後に箱の奥に押し込められた、人で言う脳の部分を占める小さなキューブを取り出した。アンドロイドの頭の蓋を開け、設置位置を確かめてキューブを収める。  蓋を閉じ、首の後ろのスイッチをONにした。 「初期設定完了。動作確認、OS、ともに良好。はじめまして、ご購入者様」  アルミニウムの体で振り返り、私に対面する動き方は人間そのものだった。関節部分を特注のゴムで構成しているからだろう。見た目は滑らかな人形だが、動きは卒なく、もしかしたら私よりも人間らしいかもしれない。 「流石、タマオ工芸のアンドロイドね」 「恐縮です」  恭しくお辞儀をするところは、少し仰々しい気もするが。  私は悪くないと、自分の五時間の成果を嬉しく思った。 「じゃあ、お願いしたいことがあるの」 「ええ、ご購入者様のご希望に私はなんでも答えます。生活補助AI、「セイカくん」は、貴方の生活をなんでもサポート致します。手始めに、料理でもどうでしょうか。食材の購入もお任せください」  人類の画期的な発明品、AIが日本の工場でこれほどまでの高水準を叩きあげたのは、まさに誉れであるに違いない。私はAIやデジタル機器がないと生活できない有様だ。とんでもない秘密を共有できるのも、このセイカくんを置いて他にいないだろう。 「なら、セイカくん。頼むわ」 「はい。ご購入者様」 「タマオ工芸の工場長を殺すのを、手伝って。これは仇討ちなの」  一呼吸の間があって、生活補助AIセイカくんは首を傾げた。実に、人間らしい反応だ。 「上手く、聞き取れませんでした」  
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