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猫が、鳴いた。
だから僕は、その猫を本来予定していた名前で呼ぶことにした。
私の目の前の頭部だけのシャリーンは、不思議そうに私を眺め上げていた。そのまぶたはパチパチと閉じたり開いたりしている。
けれどもその鳴き声はAIによって自動生成されたものなのか、いわゆるシャリーンの意志に基づいて発生されたものか。それはまだわからないけれど、僕の目標に少しだけ近づいたことは確かだ。
「シャリーン?」
「にゃあ」
シャリーンは不思議そうに片耳をパタパタとさせた。
僕はあえて、シャリーンに行動についてのプログラムを規定していない。シャリーンのAIはビッグデータにも接続されていない。つまりシャリーンのAIが受け取るものは、ただの時間の経過と目の前の環境だけだ。
つまり僕とソフィーが暮らしていたこの小さな部屋の中。
この部屋には僕の他は一台のベッドと小さな書棚、それから洗面とキッチンと風呂くらいの設備しかない。私物も食器なんかの生活に必要不可欠なものくらい。ああ、それから猫のシャリーン。全体的に真っ白だけど、靴下を履いたみたいにつま先だけ黄土色。
ソフィーは物を余り持たない人間だった。
シャリーンだけいればいいと言っていた。
だから、シャリーンを失ったあの日、彼女はどのくらい悲しんだのだろう。
それはしとしとと雨の降る、とても冷たい朝だった。
起きたら、台所の小さなマットでシャリーンは冷たくなっていた。改めて考えればここ数日食欲が僅かにおちていて、それからほんの少しだけ、毛艶が悪かったかもしれない。僕がきちんとみていれば、シャリーンは死ななかったのかもしれない。
それから数日後、ソフィーが倒れた。体が酷く冷たくなっていた。ソフィーは病院に行くことを拒否したから、何の病気かはわからない。
毎日ちょっとずつ冷たくなっていくその体を少しでもあたためようと布団をたくさん重ねたけれど、体温という熱源のない布団はただ冷たくなるばかりだった。
部屋を暖かくしようとも、この家には空調もない。ソフィーはその時の気温を感じたいと言っていたから、寒い時は寒く、温かい時は温かい。
だから僕は只管、温かい食べ物と飲み物を作って彼女に少しずつ飲ませたけれど、そのうち何も飲まなくなった。
「大丈夫。シャリーンが私を待っていてくれるから」
それがソフィーの最後のことばで、それからはシャリーンのように冷たくなった。シャリーンが待ってるから、ソフィーは死んでしまった。僕はそう思った。だってまるで、シャリーンを追いかけるようにソフィーは死んでしまったから。
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