猫が、鳴いた。

2/5
前へ
/5ページ
次へ
 ソフィーにとってはシャリーンだけだったけれど、僕にとってはソフィーだけだった。だからその時の僕は、シャリーンがソフィーを待っていなければ、ソフィーはまた動いてくれるんじゃないかと思った。  だから、僕はシャリーンを復元しようとした。  ソフィーはシャリーンと一緒に眠りたいといっていたから、僕はシャリーンの体を冷凍保存していた。そのDNAシャリーンを培養して、最初の猫を作った。けれどもその猫の行動は、シャリーンとは似ても似つかなかった。  ある日、役所の人間が家にやってきた。 「ここはソフィー・マクラレンさんのお宅ですか?」 「はい、そうです」 「ソフィーさんの生命活動の停止が確認されたのですが、閉鎖してよろしいでしょうか」 「もう少し待って頂けますでしょうか」 「あなたはソフィーさんの伴侶の方ですね。わかりました。ただし、1年が期限です」 「わかりました」  1年がすぎると、この部屋は凍結される。  だから僕はその前にシャリーンを用意しないといけない。  そうしないときっと、ソフィーはまた活動したりしないんだ。  何体かのクローンを作ったけれど、僕はそれはシャリーンだとは思えなかった。生き物は同じDNAのを利用しても、胚が分裂するうちに一定割合でエラーが生じ、それによって個体差が現れる。胚に一度もエラーを起こさないように形成することも可能だけれど、そもそもシャリーンは通常の猫の両親から生まれてきた。  だからきっと、シャリーンには先天的なエラーがあって、生物としてシャリーンと全く同じものを再生することはできないだろう。  そう思った次の日、僕は久しぶりに外に出かけた。  この823街区を抜けてしばらくいくと、公園が現れる。その公園ではたくさんの楽しそうな人間と伴侶が柔らかい光が差し込むベンチや歩道でくつろいでいた。少し前まで、僕とソフィーとシャリーンはあそこにいた。あの温かそうな光の中で。  けれども僕一人ではあの光の中で足を踏み出すことはできない。きっと変に思われてしまうから。  今僕が佇む木立の影はひんやりと冷たい。あの布団の中のソフィーのように。見上げると、全天候型スクリーンは2割ほどの雲がかかり、その他は薄い青色に住んでいた。  今日は5月ね。だから5月晴れ。  今日は8月ね。だから入道雲。  今日は12月。だから雪がふる。  ソフィーは公園に出るたびに、そんなように空を見て悲しんでいた。  ソフィーが生まれたころは空を見上げることが出来たらしい。けれども今は太陽の紫外線や磁気嵐が強くなりすぎたらしい。人間や生き物は直射日光を浴びれば体が弱ってしまう。だから今世紀に入ってから生まれた人間は、外に出たことがないはずだ。  ソフィーは自然を愛していた。  昔見た自然をいつも、とても懐かしそうに語った。  僕にはわからない。五月晴れも入道雲も、地磁気が乱れて環境が変わり。もうこのシェルターの外には存在しない。だから、過去の状況を再現したこの空こそが、ソフィーの愛した自然に一番近いんじゃないか。  自然なんてない。  つまり生物としてのシャリーンを作り出すのは不可能だ。  だからAIでシャリーンを再現しようと思った。
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加