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ある日友人が、「知ってるか?」と、声をひそめこんな話を教えてくれた。
「都市伝説ってやつさ」
N県の大学に通う三年生であったS男は、夏休み終わる直前、車を運転中事故に遭い亡くなった。
よく晴れた日。目的地に向かっていた彼は、近道をしようといわゆる裏道にはいったところ、工事中で道路が途切れていたことに気付かず、陥没した道路に落ちたのである。車のフロントガラスは無惨にひび割れ、S男は転落の衝撃で全身を強く打って亡くなったらしい。
ブレーキ痕は、なかったという。
「おいおい、それのどこが都市伝説になるんだよ。ただの不注意じゃないか」僕が怪訝な顔をすると、友人はこう続けた。
「おかしな点があるだろう?」
「どこに?」
「全く、考えねぇなぁ。現代人」
呆れたような声の友人に、僕はムッとした。しかし友人は構わず続ける。
「まあ、話はこれで終わりじゃない。S男には彼女がいた。大学に入ってからできた、人生初めての彼女だったそうだ」
彼は端末AIに、告白の仕方から、トレンドの服装、デートプランまで相談してたらしい。その甲斐あってか、無事恋人同士になり、S男はよくAI相手に惚気ていたという。
しかしそれはなにもおかしなことではない。昨今の若者事情などそんなものだ。活用上手とみるか依存と見るかは人それぞれだが、僕たちは生まれた時からAIがあって当たり前の世代である。AIは幼児教育にも活用されるし、AI搭載の携帯端末は、小学校入学時にランドセルとセット販売されているのが常識である。小学校から授業でAIの使い方、関わり方を学ぶので必需品なのだ。
そんな環境だから、端末AIに各自の個性が現れるのは当然といえば当然だった。多くの人は、端末AIの名前や姿、性別、口調や性格など好きなように設定し、自分だけの生成AIを作り上げ、それが生活のすべての面をサポートしている。
長く使い続けて、情報量が増えれば増えるだけ、AIの精度は増すし、自分だけに合ったように育っていくので、ある意味唯一無二の端末AIができるというわけだ。
よってほとんどの人は、利便性や愛着から、端末を機種変更したりキャリア変更したあともアドレスや電話番号と同じく、初めて持った端末の生成AIを使い続けるのが一般的である。
「だがS男は夏休み中に、その彼女にこっぴどく振られたらしい。それでかなり落ち込んで、惚気一転、端末AIに毎日毎日つらいつらいと泣き続けていたらしい。ついには死にたいとこぼしてふさぎこんでしまったんだと」
そこまで聞いて、僕はギョッとした。ブレーキ痕もエアーバックも作動しなかったというのを思い出したからだ。まさか、AIがS男の嘆きを聞いて、自動運転を乗っ取り、自殺を幇助したとでもいうのか。
「いいや、違うね」
きっぱりと友人は否定した。
「彼が向かおうとしたいたのは、携帯ショップなんだ」
首を傾げた僕に友人は続けた。
S男は確かに死にたいと口にするほど、彼女に振られたことがショックで落ち込んでいた。かといって、本当に死ぬ気なんてありはしなかった。確かに失恋はいたでだったけれど、S男は大学三年生。秋から本格的に就職活動をするために、心機一転することにした。
つまりーー。
「全部リセットすることにしたのさ。彼女との写真や映像記録はもちろん、電話番号もメールアドレスも、登録していたアプリもーー端末AIも、何もかも、全部」
は、と僕は息を呑んだ。
「なあ、考えてもみろよ。今や車の鍵も運転も、道路状況や工事の有無も全部端末AIまかせだ。道路情報は人工衛星からリアルタイムで更新されてんのに、なんで工事中の裏道に入った? なんで道路がなかったことがわからなかった? なんでブレーキ痕がなかった? なんでエアーバックがでなかった?」
なんでなんでなんで。
僕はゾッとした。
「信じるか信じないかはあなた次第です」
お決まりのセリフを発し、端末の画面の中で、同い年くらいの容姿に設定した僕のAIが笑った。
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