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二人の出会いは半年前に遡る。あれは車持が月に来て間もなく、皇宮の庭に見学に訪れた時のこと。彼女は庭の隅に小鳥の死骸が捨てられているのを見つけた。月の生物は月人だけでなく全て不死であるからして、それが地球の生物だということは明らかだった。
死を穢れとし忌み嫌う月では、基本的に他星からの動植物の持ち込みは禁止されているが、月人達は長い人生で目新しい物を求めている。密輸入は後を絶たないのだ。大方貴族の遊び道具にでもされたのだろう。
小鳥をハンカチに包み掬いあげる車持に、声を掛ける者があった。それが、顔こそ極上だが中身は……と噂の第五皇子輝夜である。
「何をしているんだ、穢らわしい」
「……穢れてなどいません。精一杯生きた美しい命です」
車持は彼の事を、酷い人だとは思わなかった。彼の思想はこの月においては一般的なのである。だが同調など出来る筈もない。
「それをどうするのだ?」
「地球に持ち帰って、埋めます」
「何のために?死は終わりだ。抜け殻に意味などない。永遠を生きられない憐れな生き物の考えは、分からんな」
「わたしは、死が終わりとは思いません。それに……不死が永遠とも思いません」
「なんだと?」
輝夜は目を丸くした。車持は「それでは」と一礼してその場を去ろうとする。
しかし何が彼の気を引いてしまったのか「おい、今のはどういうことだ?」と輝夜は車持の後をどこまでも追いかけ……庭の生垣に足を取られ転びそうになる。車持はそんな彼の腰に、咄嗟に空いていた方の手を回して支えた。
「あら、ごめんなさい。穢れた手で汚してしまいましたね」と言った車持に輝夜は真っ赤になり――相当機嫌を損ねたのだろう、と彼女は思った。五番目と言えど皇子に嫌われるのは面倒そうだと思った車持だったが、予想とは違う面倒さに巻き込まれることとなってしまった。
あの日以来、輝夜は暇さえあれば(暇ばかりのようである)車持にちょっかいをかけにやってきた。高価な品物を持ってきては見せびらかし、自分の美貌にも財力にも靡かない女にどうにか一泡吹かせられないかと躍起になっているのだ。車持は腕時計を見て「あ、そろそろ休憩終わりだ。戻らないと」と言う。
「おい。まさか俺と話している最中に戻る気じゃあるまいな?皇子より優先すべきことなどあるのか?」
「色々ありますよ。勉学、仕事……寝、食、遊」
「おい!」
「じゃあまた。甘味の差入れなら、いつでも大歓迎ですよ?」
車持の声はにこりと笑ったようだったが、顔は常の無表情である。表情の乏しい女なのだ。
「はあ」と、彼女が去ってつまらなそうにする輝夜の背後で、黒い影が揺らめく。姿を隠し、輝夜を護衛している者だ。
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