【不死の薬、有死の薬】

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輝夜(かぐや)様」 「お前が話しかけてくるなんて珍しいな。何だ」 「近頃、地球人留学生が“有死薬(ゆうしやく)”を秘密裏に開発しているという噂があります」  輝夜は眉を寄せる。有死薬とは、不老不死に寿命をもたらすという架空の薬だ。何の為にそんなものを作るというのか。元々短命な地球人が望むなら有死ではなく不死の筈だ。  不老不死の薬の方は、一応実在している。まだ地球との国交が表立っていなかった遥か昔に、月の姫が愛した地球人に授けたというその薬。しかしそれは、地球人が飲めば薬の負荷に肉体が耐えられず、死ぬことは無いが化け物になってしまうという恐ろしい毒だった。危険な不死の薬は地球から回収され、今は皇宮で厳重に保管されている。処方も姫の存在と共に闇に葬られた。 「地球人は、短い寿命を更に縮めようというのか?」 「輝夜様のおつむは本当に不老ですね」 「ん?今俺を馬鹿にしたのか?」 「ハハ。……有死薬は地球人にとっては無意味。しかし、我々にとっては違うのですよ。この理想郷を終わらせる猛毒になりかねない」  輝夜は自分の知る女が、そのような大それたことに関与しているとは思えなかった。彼女の脳にも腹にも甘味しか詰まっていないのだから。 「車持(くらもち)がその開発に関係していると?」 「いえ、それはまだ分かっていません。とにかく、彼女に関わるならお気を付けください」 「……関わるなとは、言わないのだな」 「言うことを聞けるようになったのですか?」 「おい」 「まあそれは冗談として。私は最近、輝夜様がようやく生きているようで、安心しているのですよ」  影の者は穏やかに微笑むと、再び暗闇に一体化した。「なんだアイツ」と輝夜は言いながら、どことなく彼の言葉の意味が分かるようで頬を染める。  不死に寿命をもたらす有死の薬。今の輝夜には、それが恐ろしい毒だとは思えなかった。少し前まで持っていた“死は穢れである”という既成概念も薄れている。それは有限を生きる地球人からの影響に他ならない。  もし、車持が本当に有死の薬を開発していたら。……それが不死の自分との別れを憂い、道ずれにしようとするものだとしたら、どうだろう?  駆け落ちというのも悪くない、と輝夜は思った。
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