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「従者からお前が連行されたと聞いて……心配したんだぞ。生きた心地がしなかった」
「それって月人ジョークです?」
輝夜はがっくり肩を落とす。いつも通りの彼女に安堵したのだ。
「ここはどこで、牢の中に居るのは、何なんですか?」
「ここは皇宮の地下牢で、牢の中に居るのは……元地球人だ」
車持の問いに、輝夜は自分の知る限りの話を聞かせた。ここに居るのはかつて不死を望んだ地球人であり、不死を得るも化け物に成り果ててしまったのだと。
「月は不死薬を作ってしまった罪滅ぼしとして、これらの面倒を見ている。月人よりも更に丈夫な体で、焼いてしまうこともできないのだ」
「こんな姿になっても、死ねないのですか」
「自業自得だな。あっ、いや」
輝夜は、そういえば車持も地球人だったと今思い出したような顔で、バツが悪そうにした。車持は、兵士が地球人である自分をここに連れて来たことに、悪意しか感じなかった。
地下牢は有事の際、皇族の避難通路としても使用されるらしい。輝夜の危うげな先導で裏道を通り、隠し階段を上がって外に出ると、そこはかつて見た皇宮の庭に似ていた。本殿からは離れているのだろうが、雰囲気は同じである。葉に独特の芳香がある木、枯れない月桂樹が特徴的だった。
懐かしく眺めている暇はないようで、辺りが俄かに騒がしくなる。車持の脱獄が知られたのだろう。車持はひとまず隠れようと、咄嗟に輝夜を木陰に引き込んだ。そして木の幹に彼を押し付けると、至近距離の美しい顔にハッと息を呑む。顔を染めているのは輝夜の方だが、彼女は彼女で何かしら調子がおかしく、謎の早口を小声で披露した。
「げ、月桂樹の葉は肩こり神経痛リウマチ冷え症筋肉痛などに効くんですよ」
「……お前が薬剤師っぽいことを言うのを、初めて聞いたぞ。いつも食い物の話ばかりだからな」
その時、少し離れた場所から「僕は何も知りません!」と悲痛な声が響く。それは車持の同僚で、彼もまた疑いを掛けられ尋問されているように見えた。
「とぼけるな!お前たちは皆、車持の仲間!有死薬の開発に携わっていたのだろう」
「違います!車持さんの研究なんて知りません!というか常人には分からないんですよ、あの人の研究は!」
「ほう?白を切るか……まあいい。知らないというならお前に用はない。短い命が少し縮んでも誰も困らんだろう」
刃が振り上げられた。車持は輝夜が止める間もなく、その場に飛び出していく。
「待ってください。わたしならここに居ます」
「おい車持!何をしているんだ」
兵士達は驚くこともなく、予定調和の様子で車持を取り囲んだ。車持が近くに居ると分かっていて、彼女をおびき寄せるために人質を利用したのだろう。車持もそんなことは承知の上だったが、同僚の危機に黙っている訳にはいかなかった。同僚の彼は時々美味しいお菓子をくれるのだ。
「現れたな。月の転覆を企む極悪非道の地球人め」
「待てお前たち!何かの間違いだ。車持がそんな事をする筈がない!車持、そうだろう?薬のことなど知らないと言ってやれ!」
輝夜は必死に車持を庇う。勇気を振り絞っているのだろうその震える声に、車持は胸がキュッとなるのを感じた。……それから気まずそうに、ポツリと言う。
「いや、作っちゃったの」
車持はスカートの中から黒い小瓶を取り出し、フリフリ振って見せた。彼女の軽い様子に、場の空気が固まる。輝夜は呼吸も瞬きも忘れ、口をパクパクさせ……「はああ!?」と驚きの声を上げた。
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