【不死の薬、有死の薬】

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「な、何でお前……まさか本当に俺と駆け落ちを?」 「何の話ですか?」 「輝夜(かぐや)、落ち着きなさい」  奏でるような澄んだ声。黄金の長い髪を(なび)かせた世にも美しい男が、風に舞うようにその場に現れた。神々しい姿に「皇帝陛下!」と誰もがひれ伏す。車持(くらもち)(うやうや)しく頭を下げる。輝夜だけが呆けたまま「父上……」と漏らした。 「車持、顔をお上げ。すまなかったね。有死薬(ゆうしやく)の開発が大臣にバレてしまったんだ。それで邪魔されないよう君を保護しようとしたんだが……誤解があったみたいだね」  兵士達が「えっ」という顔をした。輝夜は普段から言葉足らずな父の事だから、連行と間違われるような言い方をしたのだろうと思った。 「どういうことですか、父上」 「有死薬の開発は、私が車持に依頼したのだよ。彼女はその為に月に来たんだ。不死を知り、有死を作り出すためにね」  帝の言葉に、彼自身と車持以外の全員が「ええー!」と驚きに打たれた。 「はは、皆大袈裟だね」 「一体、何のために?」  輝夜の問いに、帝は目を細める。その悲しくも慈愛に満ちた表情は、皇帝というより(いにしえ)から人々を見守って来た神さながらで、誰もが天啓を受けるように黙って彼の話を聞いていた。 「月の民は皆、不死に疲れている。自殺率の急増がその証だ。私は民達を不死という呪縛から救いたい。それに……“彼女達”も救いたいのだよ」  帝の目が下に向けられる。彼は、地面を透かしてあの地下牢を見ているのだろう。帝の愛は月の民だけでなく、憐れな成れの果てにも向けられている。“彼女”という具体的すぎる呼称に、車持はあの中に帝の知る地球人が居るのではないか……と思った。 「ついに完成したんだね。有難う、車持」  そう言った帝の目は、ようやく救われたとでもいうようだった。
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