【不死の薬、有死の薬】

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 それから半年。有死薬(ゆうしやく)は帝の説得により、月の民の権利として受け入れられた。民は辛い自死を選ばずとも、限りある生を得ることが出来るようになったのである。まだその選択をする者は殆どいないが、時代と共に価値観は変化していくだろう。地球の文化や思想が、月に新たな自由をもたらしていくに違いない。……と、依頼の褒美を受け取りに行った車持(くらもち)に、帝は穏やかな顔で語った。 「俺にくらい、薬のことを話してくれても良かっただろう」 「嫌ですよ。皇子に話したら一瞬で広まりそうですから」  研究所の中庭。悪びれず、美味しそうに桃を頬張る車持を、輝夜(かぐや)は呆れた目で見た。車持の食べている桃は、帝の庭にある特別な木からのみ、一年に数個しか取れない幻の桃だ。その桃は有死薬開発の報酬の一つで、車持が依頼を受けた一番の理由である。彼女は伝説の桃を味わうべく、危険を冒して月に来たのだ。 「どれだけ食い意地が張ってるんだ、お前は」 「仕方ないんですよ。一生の内に食べられる美味しいものは限られてるんですから」 「どれ、俺にも一つ」 「だめです!食べ物の恨みは一生ですよ?」 「つまり一瞬ってことか」  輝夜のただの憎まれ口に、車持は静かに微笑む。 「お前のその達観顔、腹が立つな」 「来月からは穏やかでいられますよ。プログラム満了で地球に戻りますから」 「……研究所からオファーが来ているんだろう。このまま月で働いたらどうだ」 「いえ。地球に戻って、ちょっと個人的にやりたいことがあるんです。……完璧で安全な、不老不死の薬の開発とか」 「ん?お前、不死に興味ないんじゃなかったのか?」  輝夜はらしくないな、と首を傾げて彼女を見た。車持は輝夜から顔を背け、黙々と桃を頬張っている。その耳の血色が良すぎるのを見て、輝夜はおかしそうに、嬉しそうに笑った。  「はは!そうか、成程な!だがその必要はないかもしれないぞ?」 「え?」と振り返る車持の前に、輝夜が懐から取り出した黒い小瓶を突きつける。得意気な彼に、車持は不意を突かれたようにそれを見つめた。 「な、何故それを。それを飲めば、皇子は永遠を手放すのですよ?」 「違うな。永遠を手に入れるために、飲むのだ。永遠とは不死ではないと、お前が教えたのではないか」 「珍しく小難しいことを言いますね……。では、皇子の永遠とは何ですか?」 「……お前だ、車持。俺はお前の側で、同じ時を生きたい」  輝夜は言った後で恥ずかしくなったのか、照れ隠しのように小瓶をぐいと呷る……が、車持の手が寸前でそれを止めた。 「さ、三年待ってください。その間に不死の薬を作ってみせますから、それから、どちらが飲むか決めましょう」 「一年だ。一年経ったら地球に迎えに行く。待つのは苦手だ」 「長寿のくせに……ああ、はい、分かりましたよ」  車持は負けた、と溜息を吐いた。  輝夜は、不死の自分にとってはたった一瞬の筈の一年が、途方も無く長く思えた。来年が待ち遠しくて仕方ない。そして、これこそが永遠の正体なのだと知る。  永遠とは、今この一瞬を続けたいと願うこと。限りある瞬間と瞬間の掛け合わせ。生と死の間にあるもの。 「おい。やっぱり、半年にしないか?」
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