6.放心

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6.放心

 次の日には、新しい自販機がいつもの路地裏に設置されていた。 「それでさ、困っちまったんだよ。依頼主が餓鬼みたいでよ。何が何でも直せって駄々を捏ねやがって」  新品の青いボディに寄りかかりながら、俺は一週間もその自販機に話しかけている。稀に横切る通行人の目線などお構いなしに。 「結局、明け方まで長引いちまった。本当に困った野郎だよ。自分のこと、神様か何かだと思い込みやがって。雷にでも撃たれて死んじまえばいいんだよ、ホントによお」  ガン、と半分冗談で自販機を小突く。  しかし自販機は一向に喋らない。あの時みたくナイスパンチだと褒めてもくれない。ただ低い駆動音が延々と唸っているだけだった。  吸殻を踏みにじって、新しい煙草を取り出そうとする。箱の中身は、空っぽだった。悪態をつくように深く嘆息し、俺は切り取られた蒼穹をぼうっと見つめた。  ……何やってんだろう、俺。  元々AIを嫌っていた筈なのに、いつの間にか絆されて感傷に浸っている。都合が良いにも程がある。機械のくせに夢を語り、どれだけ中傷しようと都合よく解釈する。そんな底抜けに明るいアイツのことが最高に憎かった筈なのに。  何を同情する必要があっただろう。アイツの夢は叶いっこない。俺の夢もとうの昔に捨てた。共通点なんて端から無かった筈だ。それなのに俺は──。  ……いや、違う。  胸がチクリと痛んだ。相反する想いがぐるぐると渦巻いて、蠢き始める。  そうじゃない。そうじゃなかったんだ。  ──あのAIは、昔の俺そのものだ。  どこまでも夢に正直で、諦めの悪い不屈の少年。現実という名の、エゴに満ちた外部からの圧力に打ち負かされた、強くも細かった灯火。その面影が、あのAIにも感じられた。悔しいが、人間らしいと思えてしまった。  もう二度と、その火を絶やしてなるものか。  懐から、くしゃくしゃになった名刺を取り出す。半ば操られるように、スマホの地図アプリで検索をかける。目的地は、電車で一時間と言ったところか。  スマホをしまい、俺は思い切り黒い地面を蹴った。
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