2.履歴

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『あっ! サイモンさん、ご無沙汰してます!』  柴門──突然自分の苗字を大声で呼ばれて、思わず両肩が跳ね上がる。先程の依頼者が文句を付けに来たか、と振り返ったがそこには誰も居ない。だが、真っ先に視界に入ったその存在に俺は落胆の息を漏らす。  そこにあったのは、先日絡んできたAI自販機だった。 「何故、俺の名前を知っている。気安く呼ぶんじゃねえ」 『だって先日教えて下さったじゃないですか、ご自身のお名前』  わざと自販機にも聞き取れるように舌打ちする。確かに俺は自分の名を名乗った。「せめて名前だけでも」と執拗に訊いてくるコイツから離れるため、適当に口走ったのが要因だった。まさか、情報記憶媒体が搭載されていようとは。 『それで、今日は何を飲まれますか? 先日は缶珈琲を購入されてましたよね? 今回もそちらにしますか?』 「何で購入履歴まで記憶してんだよ。てか俺にもう関わるな。不愉快なんだよ」 『ええっ? 良いじゃないですかぁ。お客さんの好きな物を記憶し、統計した方がよりよいサービスを提供できますし』  至極当然な意見だった。態度は気に食わないが。 「んなもん俺じゃなくても良いだろうがよ。もっと協力的な奴に問い掛けろよ」 『サイモンさんも大切なお客様ですから! それと、ここ人通りが少なくてサイモンさん以外に利用者が居なくって……訊こうにも訊けないんですよね』 「ああ? だったら本社に頼み込んで、人通りの多い場所に移してもらえばいいだろうが」 『最初は都心部の目立つ場所に設置される予定だったんです。ただ、本社と設置する業者さんとの間で手違いがあったみたいで……気付いたら此処に居たんです』  心なしか、自販機の声のトーンが落ちた気がした。 『それと、本社と連絡しても意味ないのかもしれません。あくまで私は未来ヘの投資を意図したおまけみたいなもの。最悪、自販機として問題なく稼働すればそれでいいのですから』 「はあ? 馬鹿ばっかじゃねぇか。本社も、アンタも」  本社も業者も救いようのない馬鹿だが、悲劇のヒロインぶってる自販機の方も気に食わない。AIだろ。人間様より頭が良いんだろう。だったら自分の頭で改善案を洗い出せや。 『あれ、どちらへ向かわれるんですか?』  踵を返し、その場から立ち去ろうとすると自販機から呆けた声が聞こえてくる。苛立たしさのあまり、俺はまた一つ嘆息する。 「帰るんだよ。てめぇと話してると気が狂いそうになる」 『ええぇ、待ってくださいよぉ。せっかくですからもっとお話ししましょう? あ、冷たい飲み物とか如何ですか? この暑さで何も飲まないなんて体調崩しちゃいますよ?』  商品購入の催促。所詮は企業用AIか。  大股で自販機に近づいた俺は懐から財布を取り出すと、乱雑に硬貨を投入口に注ぎ込む。商品のラインナップに目も暮れず、適当なボタンに指を押し込むと、すぐさまガタンと音が響いた。 「これで十分だろ? 会話する理由も無くなった。さっさと帰らせてくれ」 『お、お買い上げありがとうございまーす……でも、少しだけでもお話しませんか?』 「まだ言うか。最近のAIは客の時間まで縛るのか。最悪な時代だな」  取り出し口に転がっていた缶のラベルは……おしるコーラ。  明らかな外れ枠を目にし、苛立ちが増していく。 「いいか? 俺はAIが大嫌いなんだ。俺の職を奪い、目標を奪い、立ち直れないぐらい人生のどん底まで突き落とした」  立ち上がり、一瞥もしないまま路地裏の出口へと歩を進める。 「だからもう二度と俺に話しかけるな。その方が、お前のためでもある」  そう吐き捨てた俺は缶のプルタブを開け、中身を呷った。おしるコーラの味は、想定以上に不味い。蒸した空気も相まって思わず吐きそうになった。
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