5.業者

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5.業者

 自販機の修理を始めて、もうすぐ一週間が経過する。  本業と並行して進めている所為で、予定より作業が長引いていた。毎日のように二カ所を往復して、先日までの倍以上疲労が蓄積していく。それでも何故か悪い気はしない。どうやらここ数日で、自分の中で何かが変わってしまったようだ。  今日も、依頼を終えた帰路であの路地裏へと向かう。もう日が暮れたにも関わらず、外は蒸し豚になるほど暑い。それでも額の汗を拭いながら、黒く人気のないアスファルトの道を早足で進む。  そうして角を曲がった先で、自販機が溌溂とした声を響かせる。  ──かのように思えた。  角を曲がった俺は、思わずその場で立ち止まってしまう。閑散としていた路地裏に、珍しく先客がいる。黒のスーツと灰色の作業服を着た人が、合計七名ほど。それらが軽トラを停めて、自販機の周りに蝟集していた。  心臓がどくんと高鳴る。嫌な予感がした。拭き取った筈の汗が滝のように溢れ出て、次の瞬間には──感情に任せて走り出していた。 「てめえら! そこでなにやってるんだ!」  俺が怒号を上げると、人の群れのうち数名がこちらに振り返る。自販機は、あろうことか取り外しが行われている。すぐにでもそこへ駆け寄りたかったが、スーツを着た二人の男に行く手を阻まれてしまった。 「ああ、ごめんなさい。本社の自販機をご贔屓にして頂きありがとうございます」  そう言って男は、懐から名刺を俺に手渡してくる。  こいつらが、あのAIの言っていた本社の者共か。 「この度、AI搭載の自動販売機を試験的に設置したのですが、ここ最近面白い兆候が見られましてね。自販機だけに留めるには勿体ないと思い、一度回収する運びとなりました」 「回収だと? ふざけたことを。そしたらあのAIはどうなるんだ」 「ご安心を。AIのデータ本体は今後実験の末に有効活用させて頂きます。まあ、不要なデータは幾つか削除致しますが」 「不要なデータ? アイツの持つ夢まで消すつもりか?」 「夢、ですか? 御冗談を。所詮、AIは機械です。夢など持つはずがないでしょう」  男の指摘を受け、身体が硬直する。  そうだ、俺は何を躍起になっているんだ。所詮はAIだ。いくら人より優秀だろうと感情は持たない。情を向けるべき存在じゃないだろう。 「しかし、本当に夢を持っていたのなら益々興味深い。意志を持つAIを普及すれば、世の中が更に発展していく。未来を切り拓く又とない機会だ」  夢の中に揺蕩っていた脳が覚醒し、俺は一歩ずつ後退していく。 「そうとなれば急いで研究室へ向かおう。研究材料が新鮮なうちに色々調査しなければ」  相手の方も、俺のことなど目も暮れない。あの両目にはきっと理想の未来像しか映っていない。現実と非現実の狭間で呆然とする中、沈黙した自販機が軽トラの荷台へ積まれる様子が流れていく。  今の俺には、奴等を止めることも、今までの思い出を否定することも出来なかった。
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