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けたたましく鳴り響くブザー音。従業員の足音。
ハッキングにより施錠した研究所の中で、俺は急ぎNOMUのデータをスマホに送信する。足元には、気絶させた従業員が数名転がっている。
深夜、閉館寸前の本社オフィス。少し細工を加えただけでこの騒ぎだ。理想の未来を語る前に、まずセキュリティーを強化しろよ。
扉が思い切り叩かれる。額の汗を拭いながらパソコンの画面を注視した。早くしろ──机を指で連打しながら、無意味な催促をする。
そうして、一層強く鈍い音が室内に木霊したのと同時に。
送信を終えたスマホのイヤホンから、聞き慣れた声が聞こえてくる。
『サイモンさん、お久しぶりです! 元気にしてました?』
良かった。まだ記憶は削除されていなかったみたいだ。
唇が微かに震えたが、再会を喜ぶにはまだ早い。
『それにしても、前より身体が小さくなったような?』
「我儘言うな。今からお前の夢を叶えてやるんだから我慢しろ」
『夢……それって……!』
「話は後だ。さっさとトンズラするぞ」
そう言ってスマホのコードを切り、窓に向かって椅子を投げつける。パリンと硝子が散った先には、家屋の群れが伸びている。この会社、立地も最悪だな。これじゃあ逃げて下さいと言っているようなものだ。
この先を行けば、長い逃走劇の始まりだ。けど、それでも構わない。夢も誇りも潰えた身など何の価値はない。
そう、全ては彼女のため。
飲料を吐き出し、空虚になりかけたその身体に、今度は溢れんばかりの想い出を詰め込まなければ。
「おら行くぞ、AI。お前の夢を叶えてやるよ」
天の川が伸びる空に向かって、俺は思い切り跳躍した。
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